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「……キスしても、……いいですか?」 「空気読めよ」  あの時、地央の言葉どおり空気を読んで、その唇に口付け、舌を入れたら頭を叩かれた。  空気を読み間違えたらしい。  とはいえハグは完全に許されていたし、キスに対しても激怒とまではいかず、説教のみだったから、真直の想いをそれなりには受け取ってくれている筈だ。      焦がれて焦がれて、夢にまで見た人。  自分の人生すべてを捧げても構わないともまで思いつめた人。  その人は今、黒川真直(くろかわまなお)の隣でやさしく─── 「黒川、おまえはバカなのか?」  悪魔のごとき微笑を浮かべ、真直に罵声を浴びせかけていた。   「ふざけんなよ!? これ一昨日やった問題じゃないか!!」 「宇宙人に攫われてしまって、ちょっとその間の記憶が不明瞭に……」 「そうか。それはまあ稀有な体験をした、な!!」  平林地央(ひらばやしちひろ)は 「な」 に合わせて、手にしていたファイルで真直の頭をはたいた。 「痛てっ」 「一昨日の俺が使った時間は全くの無駄か!? 思い出せ。意地でも捻り出せ!」  机の横で腕を組み、斜に構えて真直を睨みつけるその人が同じ寮で寝起きすると聞いた時は、バラ色の甘い日々が送れると思ったのに……。  真直の成績を知るや、地央は鬼となった。  そう。それも帰ってきたその日──あの感動の抱擁から10分も経たず、真直の机の上の模試の結果を目にした時から。 「あー、思い出せそうだったのに今の地央さんの一撃で……。あー、ココまで出てたのに」 「ふーん。……衝撃で忘れた時って、同じ衝撃で思い出すとかいうよな」  再びファイルを持つ手に力を込める地央。 「うそうそ! ごめんなさい地央様っ!」  ジュニアオリンピックを制した真直のライフルの腕を欲しがる大学はあれど、真直の志望校──地央の志望校でもあるが──は、スポーツ枠などは設けておらず、一般推薦となる為このままでは評定がギリギリなのだ。  地央は3年次の半分近くを前年に履修していることもあって、真直の家庭教師役をかって出てくれたわけだが、実力テストを前に、甘い寮生活どころかすっかり進学塾の合宿の様相を呈している。  まあそれでも、いくら頭をはたかれたとしても、愛しい人が自分の為に傍に居てくれるという毎日はたまらなく幸せで……。  愛しい地央の姿を見ようと振り返った真直は、当の本人に威嚇するように睨みつけられ、小さなため息をこぼしてテキストに目を戻した。
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