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あれから。
少年は大体乾いた身体に服をしっかりとまとい、帰路についていた。
この辺の地元の子供なのか、どうやらこの山のことも良く知っているらしい。朋子らが来た獣道とは別のルート(というより、あれは森を横断している)で、どこかへ消えてしまった。
残された朋子らも、そこそこに誰もいなくなった滝を見学し、そもそこに帰ってきているのが今だ。
「なんか、凄いもの見ちゃったな……」
「だな。でも、特別なものではない」
まただ。さっきの「特別ではない」という単語。
でもまだつばさに「それってどういうこと?」と問いただすだけの勇気はなく、結果的に聞かなかったことにしてしまう。あまり重い話は、まだ聞けるだけの関係ではない。
ふぅ、とため息をついて、夕暮れに染まりつつある空を見上げる。
世の中は、物語のようにうまくはいかない。
多分お話だと、こういう場面ではパっと登場しちゃった朋子らが初対面の少年の問題を颯爽と解決するのだろう。つばさの話だって、秘密をごく自然に聞いちゃったりなんかして、初めての親友へと昇華したりするかもしれない。
だが現実はそう簡単なものではない。
その場で会っただけの初対面の人間が話せることも、考えられることも、たかが知れている。つばさ個人の問題に至っては、朋子の勇気もなければ無作法もなさすぎて、結局のところ低空飛行の関係性からまだ踏み出せない。
まぁ願わくば。
少年のことだけは、つばさの言葉が重荷にならなければいい。
そう願うことしかできない。
「……で、結局なんでオレらを連れてきたの?」
話題を切り替えるように全然関係ない、けれど気になっていた質問を投げかける。
白刻の滝に行くまでに投げかけた質問の答えは、結局得られていないのだ。
あの時は適当に流された質問ではあったが、今ならばこれぐらい踏み込んで聞いても構わないだろう。
「なぁ、つばさ」
返事のないつばさにじれて、つばさの横を歩く。先ほどまで背中を見るだけであったが、あれでは話も聞きづらいのだ。
まだよく分からないクラスメイトであることに変わりはない。それでも最初の印象よりは慣れた。
まだ踏み込んだ質問こそできないけれど、それでも――分からないことを放置できるほどの距離感ではなくなっていた。
「……好きなんだ」
ぽつりと零された言葉に、首をかしげる。
そこでつばさ本人も、自分の言葉足らずに気づいたのだろう。あぁ、と声を漏らしながら、一度咳払いをする。
「寄り道が」
ふん、と一度腕を組んだつばさは、なんだか得意げにぐるりと周囲を見渡す。
「朋子らは、これまで寄り道をしたことはあるか?」
「ないかな」
「ないよー」
朋子と多希は一様に首を横に振る。
別段品行方正な性格というわけではないが、あえて寄り道なんて親を心配させるようなことをする開拓心は二人にはなかった。実際、今日もこうして寄り道をしているのは、流石に両親も心配するかもしれないという一抹の不安は抱えている。
まぁ両親にまだ連絡も何もしていない時点で、「なんとかなるだろう」とは思っているのだけれど。
そう、それで寄り道の話だ。
「私は好きだぞ。自分の知らない場所を知れる。見たことのない物が見れる。特に我々にはこの魔法のカードが着いているからな」
そういってつばさは、鞄からカードを取り出し、まるで印籠のようにかざす。
だがそれはどこからどう見ても。
「IC定期券……?」
IC定期券。我々電車通学者が一様に持っている、生活の必需品だ。それが今更、何だというのだろう。
だがここで、ふと点と点が繋がってくる。
突然途中下車をしたつばさ。
掲げられた定期区間の書かれた定期券。
そして見知らぬ駅での途中下車。
つまりこれは
「つまり……」
「ぶらり途中下車の旅、ってこと~?」
「流石は多希、察しが良いな」
「それほどでも~」
てへへ、と笑っている多希は置いとくとして、なんだかがっくりと肩が落ちる。
なんだか重い理由やらなんやらを期待していた自分が馬鹿みたいだ。そしてそれを隠していたつばさも、本当に意味が分からない。
もしかすると些細過ぎて言わなくても良いと勝手に自己判断をしていたのかもしれない。知らんけど。
要するにこれは、つばさのただの趣味だ。それも「定期券内区間、ぶらり途中下車の旅」とかいう、多分よっぽど鉄道好きか暇人しかやらないやつだ。
マジで本当に、放課後の空いた時間を寄り道に当てているだけの、理由がない寄り道でしかなかったとは。
「……部活には入ってないわけ?」
「一応は入っているぞ。文芸部だ」
「あぁ、あの幽霊部の……」
途端、じとっとした目で見られるが、これに関しては活動が細々としすぎている文芸部の方が悪いだろう。
会報誌を作って頒布していることは知っているが、正直図書館でしか無料配布分はないし、その無料配布分も少ない。しかも文芸部の原稿なんてみんな家で作っているのだから、基本的に学校での活動なんて表だって見えるものなんてない。
そうなると、なぜか学校創設当時からあり、未だつぶれていないオカルト研究部の方が、まだ活動をしているのではないだろうか。それにしてもオカルト研究部の存続意義が分からない中、どうして学校創設当初からある上に、今の今まで生き残っているのかは謎である。
「まぁ、実際。繁忙期以外は帰宅部であることに間違いはない……」
むすっとした表情で言い返してくる。案外とこういうところは子供っぽいところもあるのかもしれない。
そして同時に、常人とは違う行動を取れるだけの魅力も。
「そんで帰宅部兼、寄り道大好きっ子なわけね……」
腑に落ちた気持ちを整理しながら、改めてつばさの顔を見る。
これは本の好きな朋子の持論ではあるが――、このつばさというクラスメイトはちょっと変だ。でも変だからこそ、物語の主人公になれるようなやつなのだとも思う。
そう考えると平穏無事に、何事もなく自分だけのことで平和に生きてきた今までの人生。
不満や不安がなかったこともないけれど、今のこの状況に少しだけワクワクしてしまっているのは仕方ない。
少し頭のねじが外れた同級生のつばさに、興味を持った瞬間だった。
「まぁ……、次の寄り道の時も誘ってくれたら、嬉しい、かな」
でも素直に言葉に出すことも恥ずかしくて、なんだかかわいげのない言い方になってしまった。自覚をしてからも、だからといって今更言葉を取り消すことも出来ず、まぁ良いかと思えてくる。
現に今、朋子の言葉を聞いたつばさは、分かりやすく目をぱちくりとして、一気にその顔を破顔させたのだから。
「本当か……!」
「あ、あぁ。まぁ」
「私と毎日一緒に下校してくれるのか!」
「え?」
なんか急に話が飛んだ気がする。
だがつばさの中では話は続いているのか、一気に華やいだ顔でまくしたてるように言葉が続く。
「本当に嬉しいぞ! なんだかんだで、毎日下校が一人というのもちょっと寂しかったんだ! これで寄り道旅も、一人じゃ行きにくい場所だって行ける!!」
「え、あ、ちょっ」
「そうだ! 寄り道に付き合ってくれるということは、お昼ごはんも一緒に食べたりできるのか!? いつも精々が氷我と食べるばかりで、他に相手もいなかったんだ!」
「なんか話広がりすぎてない!?」
嬉しそうに腕に抱き着いてくるつばさに対し、いっそ困惑を通して呆れてくる。
先ほどまでなんだかこの同級生を高く見積もってしまっていたが、こうしてみると単に友達のいなかっただけの美人じゃないか。変に気を張っていたのが馬鹿らしくなってくる。
「……ねぇ、ともちゃん」
不意にくいくい、と反対側の袖を引っ張ってくる感覚に目を向ければ、目を伏せた多希がいる。
だがその表情は、なんだかいつもと違う。普段の明るいだけの多希ではない。目を伏せ、その感情は読み取りにくい。
「ともちゃんは、本当にそれでいいの?」
多希にしては珍しい。
こいつは普段からへらへらとしていて、今日の突発的な寄り道で会っても、特段何か口をはさんでくることはなかった、なんなら途中に至っては、つばさの扇動かと思う程度に一緒にノリノリではやし立ててきたぐらいだ。それが急にどうしたのだろう?
「……まぁ、別に断る理由もないし」
「ふぅん。……それならともちゃんの言う通りで良いよー!」
にぱっと笑った多希は、もういつもの多希だった。
心の中で綿あめテンションと呼んでいるぐらい、ふわふわでなんともつかみどころのないいつもの笑顔。
「よーし! じゃぁ帰るぞ! またこのメンバーで寄り道だ!!」
「おぉー!」
ばっと両腕を持たれたまま上に掲げられ、万歳の姿勢を取ることになる。
つい苦笑しながら、朋子自身もあげられた手をグーで握ることで答える。
さて、次はどこに行くのだろう。
寄り道の旅は、まだ始まったばかりだった。
――まぁ、最も
まずは今日の帰りが遅くなった言い訳を考えるのが、先なのだけれども。
[続く]
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