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天野が浜駅
あなたは清月学園を知っているだろうか。
え? 聞き違い? と思ったのだとしたら、それは清陽学園の方かもしれない。
都会の進学校の一つ、清陽学園。
中高一貫校の私立学園で、進学先はそこそこ良い大学を叩き出している。街の中心街にそびえる学校の規模は俗にいうマンモス校で、アクセスも良く、多くの生徒を抱えている、そんな学校なのである。
そんな清陽学園――の、妹分として近年作られた学校。それが清月学園だ。
だが清月学園と清陽学園では、大きな違いがあった。
なんといっても清月学園は立地がおかしい……いや、企画立案をした人は人生に疲れていたのかもしれない。
都会のど真ん中、街の中心街。
アクセスの良さと周囲の栄え具合が売りの清陽学園に対して、清月学園があるのは最終的に各駅停車しかなくなるようなド田舎の終着駅。更にその終着駅から登山道を上って30分などという場所に立つのが清月学園なのだ。
勿論、ここに学校法人としての強い思いがあることは否定しない。
コンクリートジャングル溢れる都会の学校、清陽学園。
豊かな山々溢れる田舎の学校、清月学園。
両極端の環境を用意することで、生徒一人一人の自主性に任せ、自身にとって最適な学習環境を選んでもらいたい。それが法人の願いでもあった。
だが考えてみてほしい。
中高という貴重な6年間を過ごす場として、仙境もかくやというド田舎を選ぶ生徒に、一癖も二癖もないわけがない。
要するに、青春時代をそんな特殊な学校で過ごそうと考える人々の中には、得てして変わった人類というものが混ざり込むことになってしまうのである。
そう、この生徒たちも……。
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がたん ごとん がたん ごとん
少しだけ賑やかな車内とは裏腹に、今日も電車は淡々と走り続ける。
こんな昼間な時間において、普段の鳥の小町線乗車率はそう高いものではない。だが清月学園の試験明けという、この貴重かつ稀少なタイミングにおいては、結構な乗車人数を誇っていると言えるだろう。
帰宅部は試験明けぐらい早々に帰りたいだろうし、部活組もやる気の薄い部活は教師の都合だなんだと休みにされている。最も教師だって優に200人近くいる生徒の採点をするのだから、部活をしている場合でもないのだろう。最も、オカルト研究部の藤沢先生だけは採点が異様に早いことで有名だけど。
なんでオカルト研究部顧問が理科の先生なのかも永遠の謎ではあるが、採点スピードもあれおかしい。なんでテストの当日終礼中に返却されるのだ。おかげで今日は理科のテスト直しが宿題に出ている。くそ、藤沢先生め。テスト明けの週末ぐらい、ゆっくりと勉強の全てから離れて休みたい生徒が10割だというのに――。
はぁ、と大きくため息をついて、75点だった理科のことを回想しながら朋子は隣を見る。
つばさは特段何をするでもなく、風景を眺めているようだ。ちなみに反対隣の多希は、相も変わらず絶賛居眠り中である。
帰宅部ゆえに帰宅の早い朋子と多希。そこにつばさが加わるようになって、早3週間が経過した。それは実に、あの時の寄り道から3週間が経過したとも言える。
あれから急速に距離を詰めてきたつばさは、最初の寄り道時における宣言通り、朋子と多希の二人の間に容赦なく入ってきた。
もしかしてつばさという人間は、他人との距離の詰め方が苦手な人なのかもしれない。
学校の終礼と同時に、期待いっぱいの顔で鞄を抱えて近づいてきたのは、もう次の日。
更に週明けにはお昼にお弁当を持って来て、その次の日には移動教室の際には二人の前をこれ見よがしに歩きながら振り返ってくるのだ。
朋子の正直な感想としては一言。「結構ぐいぐい来るな」だ。
確かにあの時の帰り道の時にも色々と言っていた気はするが、ここまで有言実行するとは誰が思うだろうか。
だが朋子とて面倒見は悪い方ではない。押しは強いとは感じるけれど、別につばさのことが嫌いだったりうざいと思ったりすることはない。
むしろこんな風に一途に動いてくれるというのは……、なんだか新鮮で、そしてちょっとだけ気恥ずかしいものだ。
「まもなく~、天野が浜~、天野が浜でぇ~、ございまーす。右側の扉が~、開きまーす」
「……ふむ」
「つばさ?」
ふと本から顔をあげれば、こちらをまっすぐに見据える視線とかち合う。
こういう時、こいつのコミュニケーション能力は死んでいるのかと、疑問に感じてしまう。それとも話す必要性を感じていないのか。あ、後者な気もする。
朋子らに対して、今となっては健気なまでの態度を取ってくるけれど、そもそものつばさの態度は「声をかけづらい高嶺の花な美少女」なのだ。
当時は近寄りがたいオーラを醸し出すやつだと思っていたけれど、少し交流を取るようになった今となっては分かる。本当は人と話すことが好きなのに、どうにも会話が下手なきらいがあるのだ。
大体、本当に人との会話を好まないクールビューティー系美少女なら、一回寄り道を共にした程度の相手に対して、お弁当箱を持ちながら無言で訴えてくるようなことはしないだろう。
「……黙ってたら分かんねぇよ」
嘘。本当はなんとなく予想はしている。
1学期の期末試験明け、束縛の無い早帰りの日。
そんな中での、駅のアナウンスを聞いてのこの反応。
正直朋子も、今日は期待していなかったと言えば嘘になる。
どこかで予想はしていた。だがそれが確信には至らないのだ。
だって朋子はつばさじゃないのだから。つばさの考えていることなんて想像するしかないのだから。
朋子の言葉に、つばさは「あ」とばかりに口を半分開ける。そして暫く間抜けに空けていたあと、きゅっと口を引き結ぶ。同時に口角もあげて一言。
「多希、朋子、降りるぞ」
ばっとつばさが荷物を持つのと、電車がゆっくり停車をし始めるのは、ほぼ同時だった。それはつまりどういうことか。
「もっと早く言え!!」
朋子が荷物をまとめつつ多希を叩き起こすのに、必死にならないといけないということだ。
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