神助け

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「まあ、見る目あるじゃない。他にも人いっぱいいたでしょー。近所のおばちゃんとか子供とかが多いけど、けっこう他県からも観光客来るのよ」  確かに、有名な寺だと聞いていたのに、遊具があって多少面食らった。  彼女はありがちな郷土愛者のようだった。別に郷土愛者は嫌いではない。自分とは違うな、とは思うが。ただ、この呑気そうでいて押しが強いところがいまいちなじめない。まあ、入社して三日ですぐに溶け込めるわけもないが。  なんだかんだで、笹原の勤める会社の従業員六人で鑁阿寺に夜桜見物に繰り出す羽目になった。先輩のバンに酒やつまみを載せる。 「中田さん、俺新入りなのに車出ししなくていいんですか」  笹原の車は五人乗りなので出してもどうせもう一台は出さなければならないのだが、礼儀としてお伺いを立てておく。 「あー、気にすんな、俺下戸だから」  笹原もどのみち車で自宅まで帰らなければならないから酒は飲まない予定だが、そこまで気にしなくてもよいのだろう。 大分夕闇も濃くなって来た頃、駐車場に着いた。昨日笹原も止めた、この辺りの観光スポット用駐車場だ。「太平記の里」と大書された看板が見える。しばらく皆でそぞろ歩き、そろそろ鑁阿寺のお堀が見えてきた頃。 「うわ」  笹原は思わず小さな叫びを上げた。  昨日の中学生が、ちょうど太鼓橋を渡り楼門をくぐろうとしていた。またあの制服を着たまま。  笹原が赴任したてなのに、中学の制服を覚えたのは、何もロリコンだからではない。たまたま、植村の娘さんがその制服を着て遊びに来ていたからだ。「セーラーもいいよな」と思ったことは思ったが。  同僚達は笹原の呟きは聞こえなかったようだ。足の止まってしまった笹原を置いて、さっさと歩いていく。仕方なく、後を追った。  鐘楼の下にシートを広げ、ささやかな宴会が始まった。まわりにもいくつか似たようなグループがあったが、場所が名刹の為か、羽目を外すような人たちはいない。  ふと、先輩が腰を上げた。 「便所って、あったっけ、ここ」  地元民にそんなことを聞かれても困るのだが、たまたま昨日寄っていたので知っていた。 「確か、御堂の横に」 「御堂って、どの御堂だよ」  突っ込まれて返答に窮する。似たような建物ばかりで、よく覚えていない。結局連れションとあいなった。
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