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「ちえみ!お前何やってんだ、馬鹿もんがっ」
そして、そのまま頭を下げさせる。自分も頭を下げた。
「すみませんっ!俺の妹が失礼なことを!子供のやったことなので許してやってください」
相手の反応はない。笹原は警戒だけはしながらも、決して頭は上げない。男の顔をよく見ていない形を作る。
しばらくそのまま待つと、相手の気配が緩んだ。
「こんなことしてたらいけないよ。妹さんをよく注意しておきなさい」
取って付けたような説教が聞こえた。
「はいっ!もちろんです。もう本っ当によく注意しておくので、すみませんが、今日のことは学校とかには言わないで、忘れてやってください」
頭を下げたままそう早口でまくし立てると、男が立ち去って行くのが視界の端に見えた。
やれやれと思って頭を上げた。下から小さな声が聞こえた。
「あの、すみませんがー。そろそろ首がへし折れるんですが」
思い出した。中学生の頭を力いっぱい押し下げたままだった。あわてて離す。中学生はふらふらしながら頭を上げた。
「しかも、人違いなんですけどー」
一瞬言われた意味がわからなかった。無言で彼女を見返す。それをどうとったのか、
「ちえみとかいう妹じゃないんですが」
恨めしそうにこちらを振り仰いだ。
ちえみは笹原の妹の名前だ。とっさに使っただけだ。どうやらこの子は、笹原が本気で他人と妹を見間違えたと信じているらしかった。
あほか、こいつ、というか、アホは俺か。溜息をつく。すると、こちらを睨んでいた中学生は目を瞠った。
「あっ、お兄さん」
どうやら向こうも顔を覚えていたらしい。娘は人懐っこそうな笑みを浮かべた。
違うだろ、ここでその表情は明らかに選択ミスだろ。
「お兄さんの妹さんも同中ですか。あたし知ってるかな。なんて名前ですか」
今まで起きていたことをまるっきり無視した話をしてきた。
「嘘に決まってんだろ、嘘に!」
思わず怒鳴ると、彼女は首を傾げた。
「なんで、そんな嘘つくんです」
ああ、もう。関わりたくなかったのに。これじゃあ、説教のひとつでもしないと収まりがつかなくなってしまった。しかたなく向き直る。「どこのお嬢さんか知らないけど、一応大人として、注意しとくぞ」と前置きをした。
「お前なあ、ここ酔っ払いもいるんだぞ。下手に大人をからかって危険な目にあったらどうすんだ」
「からかう?」
また首を傾げる。
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