神助け

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「むむっ。速すぎて手が見えぬ」  どこの時代劇か格ゲーか、という賞賛を身に受けてみると、調子に乗ってきた。我ながら単純である。  それもこれも、変な女子中学生のおかげだ、ということにしておく。  仕事に真面目に打ち込んでいれば、もう関わることもないだろう、と根拠のないポジティブシンキングで行く。  そのうち、忘れてしまうだろう。  新入社員の始めの一ヶ月はがむしゃらだ。その仕事が会社の中のどんな位置を占めるのかもよくわからないまま、とにかく覚えていった。そうこうするうち、ゴールデンウィークに突入する。休みに入る前にふと、こんな甘い意識でいいのか、と疑問に思い先輩達に聞いてみたら、「そういうことはもっと仕事を覚えてから考えろ」と軽く流された。だから、きっとうちの会社はそういう社風なんだろう、ということにした。  三時休みに休憩室で缶コーヒーを買っていると、植村が近付いてきた。 「笹原くん、仕事はもう慣れた?」  彼女はありがちな台詞を言ってきた。ありがちな台詞でも嬉しいことは嬉しいので素直に「まあ、なんとか」と答えておく。 「足利にも慣れた?いいところでしょー」  それについては返答を待たず、つぎつぎと地元の観光名所の話をしていく。 「ゴールデンウィークはねえ、街中でいろいろ催しがあるのよお」  ひとしきり話し終わったあと、植村が教えてくれた。 「うちの娘もねえ、今中学三年生なんだけど、ウォークラリーにお友達と参加するのー。足利学校とか鑁阿寺とか歩いてまわるんだけどねー。私も若い子に交じって一緒に行くのよ」 「へえ、楽しそうですねえ」  笹原は適当に相槌を打った。 「笹原くんも一緒にどう?」 「へえ……って。俺がですか」  難色を示す。歩くのは別に嫌いではないが、ゴールデンウィークは地元の仲間たちと遊ぶつもりでいた。地元と言っても埼玉の深谷だ。特に里帰りするわけではない。毎日そこから通っているのだが。 「でも、俺保護者じゃないから関係ないし」 「子供だけのイベントじゃないのよー。お年寄りもたくさん参加するの。私なんか若い方なんだから」 「はあ、でも」
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