方向を見失う

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ここの鍋焼うどんは天ぷらが乗っているような豪華さはないが、干ししいたけがよく香るところがとてもうまい。しいたけの他には鶏肉、油揚げ、かまぼこ、青ねぎ、卵のシンプルな具材で飽きることのない冬の定番メニューだ。 「瑛ちゃん、何飲む?今日はバレンタインで小さなコップ一杯はビールか日本酒のサービスしてるの」 半分くらい食べ終えた俺に、手が空いたのか美琴さんがビール瓶と日本酒の瓶を見せてくる。 「太っ腹だね」 「毎年よ。どうする?」 「日本酒」 俺がそう言うと、席をひとつ開けて座る客が日本酒のおかわりを頼む。すると美琴さんは小さなコップを下げて、いつものコップに酒を注いでいるからサービスのあとにおかわりをしているのだろう。 「ありがとう。いただきます」 「どうぞ。何だかしけた顔してるからねぇ、しっかり食べて、しっかり飲みなさない」 彼女が俺にそう言うと隣の客が俺を見る。 「前にもここで会ったね。お一人さま同士で乾杯しようか?」 見覚えのある俺より明らかに年上の男性は、コップを持つ手を俺に差し出した。 「「乾杯」」 何に乾杯だよ…しけた顔も失礼だと思うが言った本人は離れたところで仕事している。 「彼女にフラれでもしたの?知らないお兄さんが話を聞いてあげようか?」
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