31人が本棚に入れています
本棚に追加
これは俺たちが学生時代の話。
「飯島ぁ、これなんて読むの」
「どれ?」
「これこれ」
「これは、にべ」
「にべ?」
「魚の名前だよ」
「ほえ~・・・・・・」
親友の飯島瞬は、漢字が得意だった。高校生にして漢検2級を持っていたはず。
「膠って知らないか、接着剤の」
「知らない・・・」
「動物の皮とか骨とかからつくる、要するにゼラチンだ」
「ゼリーつくるやつ?」
「純度が高くなると食品とか医薬品に使われるゼラチンになるな。膠ってのは精製度が低くて、工芸品とかの接着剤になるんだよ」
「それと、にべって魚と、なんか関係あるの?」
「昔、にべの鰾を使って膠を作ったんだよ。それが粘り気が強くて、転じて「執着心が強い」って意味をもつようになって」
「ふむふむ」
「にべそのものが「粘り気のある、執着心が強い」っていう意味になったわけ」
「ほうほう」
「さて、ここで問題です」
「えっ?!」
「にべもなく、という慣用句を使って例文を作りなさい」
「にっ・・・べもなく?!」
「制限時間、1分30秒」
「ええええっ」
「ヒント欲しい?」
「欲しい!」
「粘り気のあるにべ、それが「なく」と言ってるわけだな」
「だ、だから?」
「ここからは自分で考えろ」
「うわーん」
飯島は時々こうやって問題を出してきた。どの教科もトップ5に入る成績の飯島と、並の下の俺。勉強を見てもらったことはないが、この急に始まるクイズコーナーが俺は好きだった。
「うう・・・何も思いつかん」
「あと20秒」
「えっ、無理無理」
「はい時間切れ」
「わかんねえよぅ」
もちろん今はわかっているのだけど。当時の俺は馬鹿だった。
「では模範解答」
「よろしくお願いします」
「・・・・・・沢裕介くんは、隣のクラスの南田さんの告白をにべもなく断りました」
「・・・えっ?!」
「意味、わかるか?」
「いや、そこじゃなくて、何で知ってんの?」
「みんな知ってんぞ」
「ええええええ」
「南田さん、可愛いのに」
「可愛いけど・・・・・・いや、違くて」
「にべもなく、ってのは「愛想もそっけもなく、思いやりもなにもなく」って意味だな」
「そ、そんな冷たくしてねえよ?」
「でも断ったんだろ」
「うん」
「なんで」
「好きじゃないから」
「好きになるかもしれないのに?」
「ならねえし」
「言い切れんの?」
「言い切れる」
「ふーん・・・・・・」
飯島は急に黙った。俺は言った。
「なあ、飯島、俺も例文できた」
「へ?」
「飯島瞬くんは、三年生の超美人、森原先輩の告白をにべもなく断りました」
「・・・おい」
「俺だって知ってるもんね」
「・・・・・・」
当時飯島はモテモテで、俺が三年間でトータル三人に告られたのに対して、一年間に五人は告白されていた、それも先輩ばっかり。年上キラーだったのだ。
飯島は言った。
「俺はにべもなく断ったわけじゃねえよ」
「嘘つけよ」
「嘘じゃない」
俺は、にべもしゃしゃりもなく断った、と飯島は言った。それがにべもなく、をさらに強調する言葉だと俺が知ったのは、そのすぐ後のことだった。
最初のコメントを投稿しよう!