にべもしゃしゃりもない

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 これは俺たちが学生時代の話。 「飯島(いいじま)ぁ、これなんて読むの」 「どれ?」 「これこれ」 「これは、にべ」 「にべ?」 「魚の名前だよ」 「ほえ~・・・・・・」  親友の飯島(いいじま)(しゅん)は、漢字が得意だった。高校生にして漢検2級を持っていたはず。 「(にかわ)って知らないか、接着剤の」 「知らない・・・」 「動物の皮とか骨とかからつくる、要するにゼラチンだ」 「ゼリーつくるやつ?」 「純度が高くなると食品とか医薬品に使われるゼラチンになるな。膠ってのは精製度が低くて、工芸品とかの接着剤になるんだよ」 「それと、にべって魚と、なんか関係あるの?」 「昔、にべの(うきぶくろ)を使って膠を作ったんだよ。それが粘り気が強くて、転じて「執着心が強い」って意味をもつようになって」 「ふむふむ」 「にべそのものが「粘り気のある、執着心が強い」っていう意味になったわけ」 「ほうほう」 「さて、ここで問題です」 「えっ?!」 「にべもなく、という慣用句を使って例文を作りなさい」 「にっ・・・べもなく?!」 「制限時間、1分30秒」 「ええええっ」 「ヒント欲しい?」 「欲しい!」 「粘り気のあるにべ、それが「なく」と言ってるわけだな」 「だ、だから?」 「ここからは自分で考えろ」 「うわーん」  飯島は時々こうやって問題を出してきた。どの教科もトップ5に入る成績の飯島と、並の下の俺。勉強を見てもらったことはないが、この急に始まるクイズコーナーが俺は好きだった。 「うう・・・何も思いつかん」 「あと20秒」 「えっ、無理無理」 「はい時間切れ」 「わかんねえよぅ」  もちろん今はわかっているのだけど。当時の俺は馬鹿だった。 「では模範解答」 「よろしくお願いします」 「・・・・・・(さわ)裕介(ゆうすけ)くんは、隣のクラスの南田さんの告白をにべもなく断りました」 「・・・えっ?!」 「意味、わかるか?」 「いや、そこじゃなくて、何で知ってんの?」 「みんな知ってんぞ」 「ええええええ」 「南田さん、可愛いのに」 「可愛いけど・・・・・・いや、違くて」 「にべもなく、ってのは「愛想もそっけもなく、思いやりもなにもなく」って意味だな」 「そ、そんな冷たくしてねえよ?」 「でも断ったんだろ」 「うん」 「なんで」 「好きじゃないから」 「好きになるかもしれないのに?」 「ならねえし」 「言い切れんの?」 「言い切れる」 「ふーん・・・・・・」  飯島は急に黙った。俺は言った。 「なあ、飯島、俺も例文できた」 「へ?」 「飯島瞬くんは、三年生の超美人、森原先輩の告白をにべもなく断りました」 「・・・おい」 「俺だって知ってるもんね」 「・・・・・・」  当時飯島はモテモテで、俺が三年間でトータル三人に告られたのに対して、一年間に五人は告白されていた、それも先輩ばっかり。年上キラーだったのだ。  飯島は言った。 「俺はにべもなく断ったわけじゃねえよ」 「嘘つけよ」 「嘘じゃない」  俺は、にべもしゃしゃりもなく断った、と飯島は言った。それがにべもなく、をさらに強調する言葉だと俺が知ったのは、そのすぐ後のことだった。  
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