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03
――その後、ライーザとアンナは道を外れ、グレースに洞窟へと連れていかれた。
まるで山をくり抜いたかのような洞穴。
その中に入るように言われ、渋々ながら彼女たちは洞窟内へと歩を進める。
中は真っ暗だったが、どういうことか奥には光が見えた。
松明を岩壁に付けていたようだ。
規則的に並んで見える松明を眺めながら、ライーザは思う。
こんなところに連れてきて、まさか拷問でもするつもりなのか。
だったら早く逃げなければ。
運がよいことに警備兵を連れていない。
隙を見て駆け出せば逃げられないことはないと、ライーザは握っていた拳に力を込める。
そんなライーザに、彼女たちの後ろを歩いていたグレースが言う。
「もう目の前だ」
洞窟の奥には部屋があった。
当然、壁は岩のままだが、湧き水といくつか家具らしきものが見える。
それと、薄暗いためよくは見えないが、部屋の隅には大量の骨や何かの器具のようなものがあった。
「むさ苦しいところで悪いが、早速話を聞きたい」
グレースがふたりに椅子に座るように言うと、アンナは彼女へと飛びかかった。
その灯台のような細長い体にしがみつき、手に思いっきり力を込めながら、ライーザに向かって叫ぶ。
「逃げて! 早く逃げてください!」
アンナもまたライーザと同じことを考えていたのだろう。
グレースは自分たちを疑い、この部屋で拷問でもすると思ったアンナは、ライーザだけでも逃がそうとしたのだ。
だがアンナの頑張りもむなしく、彼女はグレースに取り押さえられてしまう。
そして、グレースの長い腕がまるで鎖のようにアンナの首へと巻きつき、彼女は一瞬で倒れた。
「アンナ!? よくもアンナを!」
ライーザはアンナの願いを無視して、部屋にあった金属製のものを手に取った。
彼女が握ったのは、何か熊手の形をしたもので、おそらくは拷問用の器具だと思われる。
それを両手で持ったライーザは、グレースに向かって一心不乱に振っていく。
だが当たらない。
人食い鬼には届かない。
それも当然だ。
ライーザは、これまでナイフとフォークくらいしか手に持ったことがないのだ。
いくら熊手が金属製にしては軽いとはいえ、ものを振るったことのない彼女では、当てられるはずもなかった。
「少し大人しくしてもらおうか」
グレースがそう言うと同時に、腰に帯びていた鉄の棒が振られた。
振られた鉄の棒は、熊手を吹き飛ばしただけではなく、ライーザの衣服まで破った。
彼女の発展途上の胸があらわになりそれをライーザは慌てて両腕で隠す。
「やはり女だったか。ということは、そちらが逃亡させた侍女。そして、君が無実の罪で父を殺されたライーザ嬢だな」
「そこまで調べているの……?」
「それが私の仕事だからな。さて、知ったからには見過ごせん。君たちはここで死んだと、国には伝えておかねばならない」
「こんなところで死んでたまるものですか! 私たちは必ず国を出るんだ!」
ライーザは声を張り上げると、肌が露出していることなど気にせずに、再び熊手のような器具を手に取った。
破れた服からは、膨らみかけの胸が見えているが、今の彼女はただ猛る。
アンナとふたりで生き残るのだと、全身から凄まじいほどの気を発していた。
だが、そんなライーザの覚悟も、人食い鬼の言葉で崩れ去る。
その言葉とは――。
「それは無理だ。この先にある他国へと入る道には関所がある。事前に国を越える許可を知らせていなければ、たとえ王族や貴族でも通ることができない」
国境街の先にある道には、国内でも一部の者しか知らない関所があるというものだった。
街さえ出れば一本道であるため、警備の目を逃れたと喜んでいた者らは、その先にある関所で絶望に落とされる。
理不尽な裁きを受け、中には罪もない者も処刑され、国を出られるという希望を完膚なきまでに打ち砕く。
「そんな嘘よ……嘘に決まってるわ!」
ライーザはその場で両膝をつき、声を張り上げながらも動けなくなっていた。
グレースはそんな彼女に向かって鉄の棒を突きつけると、静かに言う。
「君たちはここで処分したと報告させてもらう。謀反人の娘とその侍女は、私が始末したとな」
「この人でなし! 地獄に落ちろ、人食い鬼め!」
「私に地獄は間に合ってる。さらばだ、ライーザ嬢」
この日、逃亡した謀反人の娘とその侍女は、国境街で処刑されたと国に知らされた。
多くの民たちはそれが無実の罪であることを知っていたのもあって、グレース·ネバーフロストの悪名はさらに広がる結果となった。
――それから数ヶ月後。
ライーザはアンナふたりで国を出ていた。
今では名を変え、ある者の手引きで彼女たちがいた国に抵抗する勢力の屋敷に匿われている。
「ライラお嬢さま、こちらの生活には慣れましたか?」
「ええ、アンナ。じゃなかった、今はアナだったわね。どうも呼び名だけは慣れないわ」
「気をつけてくださいまし。その名を持った人物はもう死んでいるのですから」
侍女のアナがそう言うと、彼女たちは笑みを交わし合った。
かつてライーザという名だった少女は思う。
今もあの女性は、国境街で仕事を続けているのかと。
自分たちのような者らを、誰にも知られることなく逃がしているのかと。
――国を出る唯一の道には街がある。
その国境街には、冷酷無比な人食い鬼が毎日通りで目を光らせているという。
「今日も正義を実行する。見回りに出るぞ」
了
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