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九、
2000年遅れて無駄に巨大な宇宙船の中へ、うちのヒロコとオオヒラ氏が乗り込んだ時、
眠らされたヒロトくんが、何か、水のベッド、みたいなのに寝かされて、その周りに3人のサルみたいな、
『リッタル星人です』
そう、それが身構えていた。
「ヒロトくんに何してくれてんのよ!」
「まあまあ、ヒロコちゃん……」
「突然お邪魔して申し訳ありません。私はアクィラ星の者です」
と、オオヒラ氏がご挨拶をしているそばから、ヒロコはサル星人を押し除けて、眠るヒロトくんを抱き上げて、サル、いや、リッタル星の人たちを睨みつけた。
『あああ、ありがとうございますありがとうございます』
ヒロトくんの後ろにいたらしいご婦人が、ヒロコに向かってあわあわしている。
まぁヒロコには見えないので、大丈夫ですから落ち着いてください、とかご婦人とお話を始めてる間に、オオヒラ氏はアクィラ星人としての威厳をもってサル宇宙人を叱りつけていた。
ああ、はい。リッタル星人たちを、ですね、なかなかに恐縮して、くれたら良かったが、我々より更に1500年も遅れた次元の低い取るに足りない地球人の一個体を実験的に扱う程度のことに如何なる罪悪感を感じればいいと仰るのでしょうか!? 況して殺戮するような残忍な行為に及んだ訳ではないでしょう! なんて反発をされて、オオヒラ星人はしばし黙らされる。
それでは、とアクィラ星のレビオ様は紳士的に、穏やかに話す。
「1500年遅れた取るに足りない地球人、というなら、我々アクィラ星人より2000年も遅れたあなた方は取るに足りないどころか全く価値の無い方々だという判断でよろしいでしょうか? 況して好戦的な人が多い中全くもって厭戦的な子供を選んで実験とは何たる非道でしょう。彼らこそは我々が見出すべき理想形成の可能性たる最重要分子であり大事に見守って行くべき存在ですよ。それを取るに足りないとしか評価出来ないあなた方こそ我々には全く無価値な者としか評価し得ません」
最終的に、滅ぼしますよ、と、アクィラ星人サマが言うとリッタル星のサルどもは震え上がって詫びるのでありました。
あの、ミリちゃんって女の子を拐って何をしたのか、とか、訊いてもらっていいですかね。この方ヒロトくんの曽祖母様だそうなんですけど。
「他の子供にも手を出してたんですか?」
レビオ様が異星人を睨む。
リッタル星人が言うには、凡そ激甚たる拒絶が彼女の神経系伝達経路から外部物質にまで強行的な信号を伝達させ、物理的な移動現象をも逆転させ発動させ得るが自身の『好き』やら『大切』やらの情動が伴わない場合、全く発現しない。という浮遊ブイからの観測結果を立証できた以上の成果は得られなかったので、向こう20年は風邪ひとつ引かないであろうぐらいの健康状態にしてお返ししました! だそうである。
「これからヒロトくんに埋め込もうとしていたような装置は埋め込んでないだろうね!」
「え、……この、装置ですか?」
「そう、その古代の遺物のような装置」
「そんな酷い言い方……、いえ、決してそのような」
ご婦人は安堵した様子でヒロトくんを覗き込む。
ヒロコも安心してか、更に強く抱きしめる。
コレコレ、ヒロコちゃん、そんなに力を入れんでも、と思った瞬間、何かに強く引っ張られた。生前は当たり前に受けていた重力に引かれたかの感覚だった。
「さて、長居は無用です。ヒロトくんが目を覚ます前に引き上げましょうか」
とオオヒラ氏が明るく言い放ち、我々は俄かに白い光に包まれて、リッタルの人も、船も、光の外へ、遥か彼方へと遠ざかって行った。
まだ、夜が明ける少し前、日が昇っていないけれどもそれなりに明るくなった頃を『晨(あした)』っていうんでけどね。
「未明でいいじゃん」
あ、はい。
その、まだ明るくない朝の、ミリちゃんを見つけたあの公園のベンチで、ヒロコの膝上に抱えられて、8歳のヒロトくんは目を覚ました。
ゆっくりと上体を起こして、ぐあああ、と伸びをして、欠伸をして目をこすって、んん?
と見上げる格好で振り向いてヒロコの顔を片目で眺めるヒロトくん。
そのヒロトくんをうっとりと見下ろす女。
「なぁに? おばさん、だれ……?」
ヒロトくんに聞かれてあんぐりと口を開けるおばさん。
「お、おば……?」
ヒロトくんは立ち上がって、もう一度伸びをして、またヒロコの顔を見る。
「あ」と、ヒロコの後ろに誰かを見つけた。
ヒロコはゆっくり立ち上がって、膝立ちになって、ヒロトくんを抱きしめた。
「無事でよかった……」
え? と思ったが、まぁ、抱きしめたい衝動というのは、抑えがたいものだからと、私は納得した。
「くるしいよ」とヒロトくんは言う。
「あ、ごめんね」とヒロコは手を緩める。
えっとぉ、お名前は何ていうの? とか、おうちどこ? とか、白々しい質問に、ヒロトくんはにこやかに答えた。
「ひとりで帰れる?」
「うん。ありがと」
ヒロトくんはヒロコに答え、大切な人にしか見せないような笑顔を向ける。
「あ、でもちょっとだけ、一緒に歩こ?」
名残惜しそうにヒロコが言う。
「うん」
自然に手を繋ぐ二人。
「あっちだよ」
「うん」
椿園まで歩く間に何を話したか、他ごとを考えていたものでよく思い出せない。
小鳥の家みたいに据え付けられた郵便受けの前で、
「じゃあ、元気でね」
と手を振るヒロコの後ろに、また突然オオヒラ氏が現れた。
「うん、じゃあね、おばあちゃん」
「お、おばあ……!?」
ヒロコの顔を真っ直ぐに見て、ちょっと舌を出して、もう振り向きもせず駆け去って行くヒロト。
「さぁ戻りましょう。よくお話できましたか?」
まだヒラヒラと手を振っているヒロコを、オオヒラ氏が宇宙船へといざなう。
のを、私は阿呆のように見送った。
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