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三、
「お疲れ様でしたぁ」
「お疲れさま! 気をつけて帰りなさいよーー」
姐さん方に挨拶をして、ヒロコは店を後にした。
『あ、宇宙船はこの先の橋の下に隠してありますからね。気が向いたら覗いてみてくださいよ』
とオオヒラ氏が言っていた橋に差しかかった。
私はヒロコから離れて立ち寄ってみることにした。なぁに、少しぐらい離れたってヒロコが死ぬわけじゃない。
おお、これか!
橋の下に降りて見上げると、確かに他所の星の宇宙船としか思えない物が浮かんでいる。白い光の膜に薄っすらと覆われて、これが人から見えない仕掛けなのかも知れないと思えた。
何という無防備な! とか思いながら、その光る物体の真下まで行って見上げてみる。
中には、入れて貰えないかなぁ。
と、思った途端、宇宙船の底に丸い大穴が開いた。開いたと思ったらスーー、っと吸い込まれた。
いや、物体的な質量の無くなった私を吸い上げるとは、どこまで進んだ科学であることか。いや、あの宇宙人も生きた人間の後ろに憑いていたところを見ると、私と同じような組成であるのかしらん。クワバラクワバラ。
宇宙船の中は、心なしか外観より遥かに広く見えた。
というか壁と呼べそうなものが照明に反射してるのか何なのかその所在が分からないし、況して壁を照らしている筈の照明がどこにあるのか分からない。なので、多分、はなはだだだっ広い、としか思えない。
動くのかねぇ。
と思った瞬間、目の前に小窓が開いた。
多分その小窓の中には宇宙船の外の景色があり、その小窓の後ろには、相変わらず宇宙船の中の所在不明な壁がある。
この不思議な光景を、ヒロコにも見せたいものだ。
と、思った。
途端、宇宙船は動き出した。
え、ちょ、ちょ待……!
どういう仕組みになってるんだか、解らないが、見たい方向に小窓が移動して、宇宙船の現在の位置、進行方向、周りの状況は楽に把握出来ている。
そして橋の下からゆるゆると前進してみるみる上空に舞い上がった宇宙船は、足下に小さくなって見えるヒロコに向かって急加速で近づいて行く。
あ、危ない!
ぶつかった後で止まったって遅い。
宇宙船を柔らかく包み込んでいた白い光がヒロコの頭を灼いて溶かして、消した。
あまりの事態に生きてさえいない私の血の気が引くはずもないのにざざっと引いた。
『ちょっとちょっとぉ!』
困った顔をしてオオヒラ氏が立っていた。
い、いつの間に乗り込んだんです?!
『私はアクィラ星人ですよ。自分の宇宙船内に移動するぐらいいつだってできますよ。
じゃなくて、私の宇宙船を勝手に動かされちゃ困りますよ』
違う違う、勝手に動いたのはこの宇宙船の方ですよ!
『……まぁそうですけどね。勝手に動くように設計されてますから。まさか、地球人に動かされるとは思ってもいませんでしたよ』
随分と落ち着いた様子で宇宙人は言う。
『あ、私のことはレビオと呼んでください。宇宙人という呼ばれ方は何だか差別的でいけない』
とか話しながら、宇宙人はヒロコの遺体を船内に横たえた。
『だからレビオと呼んでください』
はい分かりましたぁ。
首から下しかない遺体というのは痛々しい。遺体だけに。
無視だな。
レビオは壁の奥と思われる所から、何やら柩のようなものを引き寄せて、指一本も触れもしないで、ヒロコをその中にそぉっと入れた。柩というか、半透明な、大人が2人並んで寝られそうな大きさの落花生の殻みたいな形のそれの中で、ヒロコの無くなった頭がゆっくりと再生されていくのが見えた。
『アクィラ星の人が長寿な理由は、こんなふうに肉体を再生できるほど医療が発達したことにも原因があるんです』
最後は雷に当てるんですか?
『何を言ってるんですか?』
どういう仕掛けか見当もつかないが、ヒロコは生き返り、目を覚ました。
私は胸を撫で下ろせるものなら撫で下ろしたかった。
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