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八、
17歳になった頃、ヒロトは誰もいない夜の公園で一人踊っていた。
明後日がオーディションだから、まぁ、ノンビリ眠っていられる程の実力も自信も無い。五城家の2階の自室で飛んだり跳ねたりしたら、引き取ってくださった養父母が目を覚まして静かにせんかバカタレが! 勉強せい、勉強!! とか怒鳴られるかもしれない。そんなの申し訳なくて僕には出来ない! と、健気な若者は思うのであった。
踊れ、ヒロトくん!
「うるさいよおじさん!」
えーっと。
いやぁ、かなり長い間、おじいちゃんだと自覚して生きてたからねえ、こんな若い子からおじさん、なんて呼ばれると、何だか魔法で若返ったかのような幸福感。……には興味が無い。
「はい」
了解した。
「慣れてきました?」
何がかな?
「生きている人間に話しかけられることに、です」
いや、以前は宇宙人さんと話してたからねえ。
「あー、そうでしたね。僕はひいおばあちゃんとちょっとだけ……」
驚きましたよ。
「宇宙人と幽霊って似てるんですかねぇ」
宇宙人は見たことないでしょう?
「じゃなくて。肉体が無くても成立出来てるのが宇宙人みたいだし」
あ、一般的に存在を認められてないところは似てるかなぁ。
「ダリヤちゃんには見覚えが無かったんです」
とヒロトくんは言った。存在そのものが怪しい、とおばあちゃんは感じていたのだそうだ。
自身の後ろや、近くの人の後ろにいる幽霊の姿が見えると気づいた頃はひどく怖かったのだけれど、怖いドラマや映画に出てくるような不気味な霊は見当たらなかったので、じゃあ怖がらなくてもいいのかな、と次第に思うようになって、後ろにいるのが顔も覚えていない母親の父方の祖母だと分かった時には自身の間近に肉親がいたという人としてごく当たり前の喜びを覚えたのだ、ということだった。
ミリちゃんは、キャンプ場でいなくなってから3日目の朝に、近所の公園で見つかった。
「バーベキューは行かないの?」と真顔で聞かれて、何かに記憶を消されたのかと、ヒロトは直感的に思ったそうだ。
ミリちゃんが行方不明の3日間も、ダリヤは平穏で無機質な顔をして過ごしていた。
そのダリヤの後ろには、奇妙な物が浮いていた。それは普通の人に幽霊が見えないのと同じように、ヒロトにしか見えない物体だった。テーブルから牛乳の入ったコップを落として、ミリちゃんに戻させる実験をした時に記憶を書き直す眩しい光線に晒した物が、ダリヤの後ろには常に在った。
ヒロトの記憶は消されても、後ろにいたおばあちゃんの記憶は消せないので、ヒロトの記憶も直ぐに戻った。
いや、ダリヤが歓迎できない者だと分かっても、人が集まってワイワイとバーベキューをしている最中に白昼堂々とミリを拐いに来るとは、想像だにできなかっただろう。
ミリちゃんが帰された朝、彼女のお母さんが知らせに来た。丸顔の美人だったらしい。いや瓜実顔もいいぞ。
実験も終わって被験体を返したら、あとはダリヤが母船に戻るのみだった。
そして、どこにいたのとか、お腹空いていないかとか痛い所は無いかとか、ミリちゃんが質問攻めされている間に、ダリヤは痕跡や記憶をひとつひとつ消し去って、翌朝には姿を消そうとしていた。
いびつなサイコロのような形で、手桶ぐらいの大きさの、幽霊みたいな浮遊物体が、ヒロトの前にも現れて、また記憶に干渉されたのだから、椿園にいる誰の記憶にもダリヤは残っていなかっただろう。
律儀に正面入り口から浮遊物体が出て行くのを、ヒロトは忍者のように追って行く。
「おじさん見てなかったよね!?」
はい、テキトーに言いました、ごめんなさい。
まぁ忍者かどうかはこっちは置いといて。
おばあちゃんと目配せをしてヒロトは浮遊物体を追跡した。
あの公園にたどり着くと、すべり台の上空に昇って、消えた。
「あれが見えましたか?」
不意に背後からダリヤが現れてヒロトを覗き込んだ。いや、ダリヤだと思ったそれは、ふわぁあっと姿をかえて、ひょろっとした背の高いサルのようになった。
「やはり浩斗くんも興味深い能力をお持ちですね」
言いながらサルっぽい宇宙人がヘチマの蔓のように腕を延ばしてヒロトを絡め取った。
……んだよね?
「はい」
そして上空にあった巨大な宇宙船に吸い込まれていった。
『2000年遅れた星の宇宙船は、無駄に大きいんです』と、2000年進んだ星の人は言っていた。
まぁ2000年進んでようが遅れてようが、オーディションは緊張する。
何とかいう国の古代神話に出てくる興行の神様の名前を冠した芸能事務所が、新人発掘オーディションを開いて、合格者にはミュージカルの出演とグループアイドルとしてのデビューを約束していた。
身内の誰かが面白半分で書類を送ったら、それで合格したから会場に来てください、というご案内が届いた。ミリちゃんは遠くで笑っていたかも。
「誰だよ勝手に送るなよぉ」とか言いながらダンスの練習を頑張って、いざ会場である。
そして、番号で呼ばれて、歌いなさい、踊りなさい、と言い付けられたとおりに声を出して、ポーズを決めて、ニッ、と笑顔。
を、やっている青年たちの後ろから、審査員席に並んでいる大人を見ると、その中に例の社長夫人がいた。
え、と思ったので、私はしばしヒロトから離れた。
いや、私は何も干渉してない。が、ヒロトは自力でスターになった。え、スターって表現は古いのかしら。
ともあれ15の頃に出産して、目を覚ました時には赤ん坊がどこかへ連れ去られて、その後何処へ預けたのかも教えられずに我が子の名前を呼んで泣き暮らした少女が、なんやかやあって芸能事務所の社長夫人になった話を、どうやってヒロトに教えたらいいだろうか。と私は迷った。……まぁ、幽霊なので。
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