虚偽

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 シオリに言われた通り今朝の事件には深入りせず、刑事や捜査官の動向を調査していた牧田のスマートフォンに一件の通知が入る。  捜査に進展があったのかと急いで取り出して画面を確認すると、メッセージの送り主は瀬谷だった。  しかし、メッセージといってもそこに記されていたのは動画配信サイトのURLだけで、それ以外の文言は何一つない。  彼女が恐る恐るURLをタップすると、すぐに見覚えのあるテレビ番組が流れ始めた。  『殺害方法はもちろん、遺体が発見された場所、犯行の周期や意味深で冒涜的な死体遺棄の手口などを鑑みるに、間違いなく今までの連続殺人犯と同一人物の犯行と見て間違いないでしょう』  『今回の犯行、ご遺体にはレオナルド・ダ・ヴィンチの“ウィトルウィウス的人体図”が添えられていたと報じられていますが、これについてはどういった意図によるものと考えられますか?』  『あくまで僕個人の推察に過ぎませんが、前二件の犯行で十字を模ったことも含め、特に意味はないと考えています。捜査の撹乱が目的か、或いはただの思い付き——いずれにせよ冒涜以外のなにものでもありません』  「ちょっ、尾崎さん。これ……」  大きなカメラレンズの被写体となった瀬谷の眼前のテーブルには、「警視庁捜査一課コンサルタント 黒谷(くろたに) 啓吾(けいご)」と書かれたどこを取っても嘘の塊でできたネームプレートが添えられている。  「な、何やってんだこいつ……」  遺体発見から約四時間。  彼は偽りの肩書きを携え、堂々と午前のワイドショーに出演していた。  軽快なトークや多種多様なジャンルからなる企画、時事ネタを深く掘り下げるニュースなどを盛り合わせた人気番組だ。  二人は横にされた小さな画面を喰い入るように凝視する。  『既にインターネットでは前の二件と比べて明らかな差異があることから、早くも模倣犯説などが様々飛び交っていますが、これは如何お考えですか?』  『それこそが犯人の狙いだと思います。一定の法則性を生み出す、或いは見出させ、それが定着した頃に敢えて異なる行動を取ることによって、その法則を自ら捻じ曲げる。先ほども申し上げた通り、狙いはやはり捜査の撹乱、そして話題性からなる自己承認欲求や優越感などといった精神的な安定や充足を得る為でしょう』  瀬谷は顔色一つ変えずに、理路整然と嘘を並べてのべつまくなしと語り尽くす。  スタジオの空気も若干の訝りを含んだものが漂っているように見えたが、彼の言葉も強ち全否定できるほど破綻してはいなかった。  そも、この空間にこれらの言葉が全て嘘であることを見抜ける人物は存在しない。彼は周囲から嘘をついていると指摘される原因になるような仕草を一切見せず、終始毅然とした態度を一貫していた。  もっとも、普段の瀬谷を知っている人物からすれば、ある意味では何も変わらないいつもの彼の姿に映る。  「こうしてみると一層胡散臭いな」  まさに今、多くの人間が観ているであろうテレビ番組でこれだけ大胆な行動に出て、それを敢えて二人に見るように促した黒谷——もとい瀬谷の真意を、二人は完全に理解した。  「……でも、見事な意趣返しですね」  ——死んでもらっていい?  國本は何もされなかった。  眠らされたわけでも、襲われたわけでも、当然殺されたわけでもなく、詳しい理由も知らされないままあれよあれよとことが進み、気が付いた時にはこの上なく豪華絢爛な独房に放り込まれていた。  瀬谷と名乗った機械のような男は去り際に、「次に我々が来るまで絶対に外に出ないでください。そう長くはかかりません。部屋に置いてあるものは全てご自由に」とだけ残し、少女と共にこの部屋を後にした。  ——これって監禁なんじゃ……? でも普通にスマホも使えるし……。  呆然としつつも一人では明らかに持て余す広過ぎる部屋を見て回ると、備え付けのミニバーの飲み物以外に、軽食やスナック菓子にスイーツ、上等そうなコーヒー豆とミル、紅茶、果ては小説や漫画、ゲーム機などの娯楽まで用意されていた。  特に眼を引いたのは紅茶の種類の多さで、見たことも聞いたこともない銘柄の缶が実に十四個も並べられており、彼女はその中から、ルージュ・メティスという、黒地に黄色の装飾が描かれた缶を手に取った。  そして國本は、この独房で朝を迎えた。  さすがにこの状況下で眠ろうと思えるほどの胆力は持ち合わせていなかったが、それでも気付けば眠っていたほどに快適な環境だった。  依然として何も分からないままではあったが、唯一、このスイートルームに備えられたダブルベッドが恐ろしく気持ちの良いものであることだけは、今朝がた身を以て知ることとなった。  潤沢に取り揃えられた紅茶を一つ選びお湯を沸かしている最中、何の気なしにテレビリモコンに手を伸ばし、それを大きな画面に向けて電源を入れると、まず国営放送チャンネルのニュース番組が映る。  ここで取り上げられていたのは、未明に世田谷区の公園にて白骨化死体が見付かったという陰惨な事件だった。  ふと、昨日のやり取りの記憶が脳裏を掠める。  ——偶然……だよね。さすがに。  得体の知れない不安感から眼を逸らすべく、彼女はチャンネルを変えた。  すると今度は、見覚えのある顔が大きな画面いっぱいに映し出されたことに驚き、國本の肩がぴくりと震える。  それに追い討ちをかけるように、電気ケトルからピピピ、と高い音が広い部屋に鳴り渡った。  ティーポットに熱湯を注ぎつつ、テレビの音を聞き漏らすまいと耳をそば立てる。こちらでは、昨今巷を騒がせている十字殺人についての問答が飛び交っていた。  どうやら今朝、またしても新たな犠牲者が出てしまったとのこと。  被害者の名前は未だ公表されていないが、“警視庁コンサルタントの黒谷”という男は同一犯説を強く推しているようだった。  ——黒谷……間違いなく昨日の瀬谷さんだよね……どっちが本名なんだろう。  どちらも偽名である可能性も充分にあり得ると思い至った彼女は深く考えることをやめ、紅茶を一口啜った。
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