虚偽

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 「ダメです。追えませんでした」  牧田は単身、捜査情報支援センターに乗り込み、半ば強引に彼らの協力を得て佐藤の現在地をスマートフォンのGPSから割り出そうとしたものの、目的の反応はどこからも発せられていなかった。  特別な感情こそ抱いてはいなかったが、やはり同期として、どこか信じたいと願っていた牧田の想いは脆くも崩れ去ろうとしていた。  ここまで疑いが深まってしまった以上、その想いを修復するには絶対的な無実の証明でしか不可能であった。  「細工をしたか、自分で壊したってとこか。いよいよクサいな」  「佐藤くんが十字殺人鬼だったとしたら……私は今まで一体何を……」指を組むとじんわりと汗が滲み、彼女の心境をより一層沈ませる。  「気持ちは分かる。だが普通に考えてみろ。仕事ほっぽった挙句、追われないように自分のスマホぶっ壊して……怪しむなってのが無理な話だ。まぁ万が一、あいつも追う側だったんなら、そん時は心の中で謝ればいい」  背負っている感情は依然として重いままだったが、彼女は短く「そうですね」と零す。  「それに佐藤だけじゃない。戸上とかいう警官もだ。あいつも充分怪しい。そろそろ下行ってもういっぺん確認してくるか。悪いが、牧田はそのまま佐藤に絞って調べててくれ」  「……分かりました」  今日こそはエレベーターに乗り込み、階下へと降りる。尾崎は籠に揺られながら、私情や先入観を抜きに、佐藤が十字殺人鬼である可能性を努めて客観的に考えた。  ——どっか半端で抜けてる印象がありながら、俺が知る限りあいつが大きくトチったところは見たことがない。人当たりの良い綺麗な表の顔と、欲に塗れた薄汚い裏の顔。それを見事に切り替えながら人間社会に溶け込む……俗にいうシリアルキラーってやつか。日本じゃあまり聞かないが、海外のそういう連中も外面は結構良かったりするしな。仕事のできるあいつなら抜け目なく演じ分けられるかもしれん。  籠の外へ出てロビーへ向かっているごく短い道中、この日も尾崎がはじめに見かけたのは、眼の前を横切ろうとする和泉だった。  「あ。和泉さん、ちょっといいか」  「お、お疲れ様ですっ、尾崎警部」彼女は変わらぬ様子で尾崎に向かって丁寧に敬礼をする。  「戸上、今日はいるか?」  質問に対し、和泉は隠すことなく困惑を露わにした。  「そ、それが……昨日警部がいらっしゃる前に出たきり見てないんです。今日は出勤すらしていなくて……」  「マジか」思わず本音がそのまままろび出る。  昨日今日で姿を眩ました人間が二人もいる。  それぞれの事情など知る由もないが、今の尾崎からすれば「疑ってください」と言わんばかりの行動に他ならない。  ふと、戸上の性格や普段の様子を全く知らないことを思い出し、後輩である彼女にそれを訊ねた。  「なぁところで、戸上ってどんなやつなんだ?」  「ええと……戸上さんとしっかりやり取りしたのは、私がここに配属された日に挨拶して回った時だけで。とても静かな方、というか……誰とも積極的に話してるところを見たことがないんですよね……」  「要は影が薄いってやつか?」  和泉はそれを言外に肯定する。後輩なりに気を遣った返事だった。  ——彼女の言う通りの性格なら、多分他に聞いても似た答えしか返ってこないだろうな。こっちは打って変わって、とことん目立たずにこそこそしてるタイプか。  この時点で、戸上も十字殺人鬼の容疑者に加えられた。  尾崎のスマートフォンが内ポケットで振動する。  和泉に礼を言ってから画面を確認すると、針の穴を通すかの如く狙い澄ましたタイミングで、いよいよ瀬谷から電話がかかってきた。  「エラくいいタイミングじゃねえか。盗聴でもしてるのか?」  『恐れながら』  「……嘘だろ?」  『はい。嘘です』
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