140人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ
「報告は以上です」
「やっぱり自分からバラしたか……」
「はい。ですが知られたのは警視庁の刑事二名だけですし、彼らなら念の為に他言無用とだけ伝えておけば問題ないかと」
「つまり、君から見て信用できるということなんだね。ならばそのままでいいだろう」
「分かりました」
「時に、警視正から感謝の言葉を頂いたよ。しかも、本当にコンサルタントとして来てくれないかとの打診もあったんだ」
新木は半ば嫌味な笑みを浮かべていた。
件のテレビ番組出演の話を聞いたのか、それとも実際に観ていたのか、真相のほどは定かではない——というよりむしろどちらでもいいが、揶揄いを含んだレトリックを以て瀬谷に持ちかけられたヘッドハンティングを伝えた。
瀬谷は驚きを表情に浮かべこそしなかったものの、彼の心の中で真っ先に浮かんだ言葉は、“予想外”であった。
「とはいえ、君のような変わり者をみすみす手渡したくもない。そこでだ。私からは兼任という形で提案したいのだが……君としてはどうかな?」
「てっきりお叱りでも受けるのかと思っていましたが」
「きっとそれ以上のものを見出したんだろう。それに、あの人も若い頃は結構無茶してきたそうだし、何か思うところでもあったんじゃないかな?」
「兼任。そうですね、新木さんがそう仰るならば、僕が断る理由は特にありません」
「おおそうか。それは良かった。これでまた一つ警視正に貸しを作れるね」
そう言う新木の表情は、先に瀬谷に向けられた嫌味なそれとは違い、実に純粋な微笑みだった。
彼らがどういった関係性なのかは知る由もないが、ただただ互いの利害の為だけの間柄ではなく、友情なのか、はたまた些か突飛な邪推ではあれど、組織同士の謀略か何かを含んでいるようにも見受けられる。
瀬谷にとって新木という存在は、それだけ得体の知れない人物であった。
「二つ、伺っても」
「何だい?」
「まず、シオリについて。彼女はどうなさるおつもりで」
「心配ない。今まで通り一任するよ。今後、向こうでの仕事で必要だと感じるなら連れて行けばいい。もっとも、あの娘のことだから残されるのは快く思わないだろうけどね。もう一つは?」
「佐藤です。こちらに引っ張れませんか」
新木は天井を仰ぎ、短く溜め息を吐いた。
「余罪次第ですが、このまま順当に進めば死刑も充分あり得るでしょう。ですが、僕が関わった以上は」
新木が瀬谷を変わり者と称した所以。その理由は枚挙に暇がないが、そのうちの一つがまさにここにある。
彼は“生きることそのものが罰である”と考えている。裏を返せば、彼にとって死という刑量は赦しと同義、またはそれに近しいものであった。
在りし日の瀬谷の言葉が脳裏を過ぎる。
——死の苦しみは一瞬です。ですが生きる苦しみは、文字通り一生続く。
瀬谷の言う通り、佐藤に死刑が言い渡される可能性は高い。ここでなら、死よりも、生よりも苦しい罰を与えることが可能だった。
「言うと思ったよ。一応……ナプキンを取るまではやってみよう。だが約束も保障もできないし、上手く根回しができたとしても、そこから先は君次第だ」
「感謝します」
「ところで今更だが、君撃たれたんだったよな」
右の人差し指から銃創へと、破線付きの矢印が伸びる。
「はい。ですが大したことはありません」
「相変わらず、シオリなんかよりよっぽど機械だよ。穴が塞がるまでは大人しくしてろ」
最初のコメントを投稿しよう!