大上さんのお願い

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「そうそう! ちょっと憂いた表情でグラウンド見といて! まるでそこに初恋の男の人が別の男の人にもみくちゃにされているかのように!」 「ごめん、ちょっとその気持ちわからない。俺にとってはサッカーしている制服姿の男子どもがいるなー、元気だなー、としか思わん」 「ん-、じゃあ『好きな人がいた。ああ、あそこにいる。すぐに見つけてしまう。なんでだろう、どうしても目で追ってしまう。まさか、俺って……いやいやそんなことないな。だって俺男だし、あいつも男で……お、ナイスシュート』ていう顔で」 「すんません、俺演劇部じゃないんで難しいどころの話じゃないっすわ」  昼食が終わり中庭に出れば「渡り廊下の壁んとこ丁度ええ高さやろ? そこに頬杖をついてグラウンド見てほしいねん」と頼まれ早速やってみれば飛んできた指示は異次元を超えた世界観の演技指導。例えプロでも難しいのではないだろうかと思うほどの複雑さに俺が言葉にできない表情を向けると「それもそうやな。初めての人には酷やったわ。興奮してついついウチの欲望詰め込んでしもたわ~。かんにんかんにん」といい笑顔を向けられた。  昼休みで中庭は人が多いためこういったやりとりをしていると「コイツらカップルか?」と思われるのが普通なのだが、”彼女をとっかえひっかえしていると噂の俺”と”眼鏡にお団子姿のスマホを構えて明らかに撮影をしている様子のオタク女子”という2人にしか見えないこともあり、皆チラリとこちらは見るものの「あまり関わらないでおこう」と言わんばかりにそっと距離を置いている。  大上(おおかみ)は見た目がガラリと変わっているのでよっぽど近づかれないと正体がバレたりはしないだろうが、俺は「なんか変なことしていた」と噂されることだろう。  物凄く嫌だが、注目されることは嫌いではないのと”普通じゃないことを平気でやってのける俺”というのが好きである俺はこの状況に少し満足していた。  大上の無茶苦茶な演技指導は非常に困りものだが。 「せやなぁ、ほなそのベンチに寝転んで。仰向けに頼むわ。そうそうそんな感じ! 両腕を枕にしてる感じとかウチの描きたいイメージぴったりやわ~、流石ウチが見込んだ男前!」
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