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女は部屋を出ていこうとドアの前まで歩いて行ったが、ロバートはその背中に声をかけた。
「君」
女は驚いて足を止め、用心するようにゆっくりとこちらを振り向いた。今から無茶なことを言い出すのかも知れないと、女は思ったのかも知れない。
ロバートは言った。
「いや、その、名前を、聞かせてもらえたらと思って。いいかな」
「あ、ええ、もちろん。私の名は、アマンダ」
「アマンダ。そう。いい名だ」
「ありがとう」
アマンダは何を言われるのかと警戒するように、小刻みに視線を揺らしながらもロバートをじっと見つめた。
「つまり、アマンダ。一つだけ言ってもいいかな」
ロバートは言い訳をするように手の平をアマンダに向けた。
言葉に気を付けなければ、アマンダに不快な思いをさせるかも知れないと思った。ロバートは言葉を選ぶ。
「つまりね、こういう仕事は、もちろん君が言うように普通のことなのかも知れない。この国ではね。でも、これは別に職業差別をしている訳でなく、つまり私の国ではこういう事はありえないという前提を、理解して聞いてほしいんだが」
「なに?」
「つまりアマンダ。できれば、こういう仕事はやめた方が良い」
「……え?」
「つまり、危険だ。ここは高級ホテルだろうけど、宿泊客が高級な人間とは限らないだろう?余計なお世話なのは判ってるよ。でも、私の国の、いや、私個人のでもいい、常識で考えて、危険だし、やめた方が良いと思うんだ。君の人格を非難してるのじゃないよ。ただ、女性がこういう危険な仕事をしているのを、私は……何というか、」
うまい言葉が出てこず、ロバートがいったん言葉を区切って、手を揺らしながら頭の中でそれを探していると、アマンダもロバートに手の平を向けて、落ち着いてと言うように、そして、うかがうように言った。
「つまり、あなたは」
アマンダは小さく何度かうなずいた。
「私のことを心配してくれてるのね?」
ロバートも何度か、小さくうなずく。
「そう、だね。余計なお世話だろうけど、ありていに言えばそうだ」
「そう」
アマンダはそれまでの緊張した表情を少しだけ和らげ、肩をすくめて微笑んだ。
「ありがとう。大丈夫よ。私は別に、気を悪くはしてないから。ええ、ありがとう」
「すまない。言わずにはいられなくて」
「いいの。傷ついてないわ。本当よ」
アマンダはドアを開けた。
「ありがとう、ボブ。いい夢を」
そして部屋を後にした。
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