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確かに彼女の名はアマンダではない。
本名はクレア。
職業は娼婦でなく産業スパイ。
しかし、一流のスパイとはお世辞にも言えない。失敗続きで最近では任務遂行より首を言い渡されることの方に気をそがれているので、悪循環で失敗が増えていた。
それでも今のところ首になっていないのは、慢性的な人材不足と、彼女の社交界での情報収集能力が、まあ評価できる程度のレベルであるからだった。ただ今回、そのとっておきの場面での名を口走ってしまった。
エリートビジネスマンを前にして、ついその名を出してしまった。
クレアは悔しがる。しかし、脚に張り付けたチップを見て思い直す。
彼は外国人だ。本当に二度と会うことはないだろう。
大丈夫。ぎりぎりでデータは手に入れた。盗聴器も取り付けた。
データをチップにコピーし、カバンを元の場所へ戻し、男の足音におびえながらベッドに飛び込んだ。最後に欲が出てベッドの裏側に盗聴器を取り付けた。気付かずに、直接バスルームへ行ってくれと心で祈ったが、祈りは通じなかった。
大丈夫。大丈夫よ。何とかごまかせたじゃない。ごまかせたに違いないわ。ほら、思い出して、あの人のよさそうなボブの顔。優しい表情をしてた。
私の身を案じてくれたボブ。バカね。こんな怪しい女に対して。
クレアは着替えてしまうとバッグに全ての荷物を詰め込んで個室を出た。
他に人はいない。
呼吸を整える。
化粧室を出る。
あとは仲間のところへ帰るだけだ。いつまでも仲間であってほしいけれど。
ホテルから出る前に、もう一度ボブの顔を思い浮かべた。
アッと、何かに気付いたように胸元に手を当てる。
そして首を振り、ホテルを後にした。
そうよ。私は何も盗まれてなんかないわ。何も。
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