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2 父
今日は王城で王子の婚約者選定の義と共に夜会が開催される。
この国の王族は、成人を迎えると共に正式な婚約者つまり未来の伴侶を選定式で決定する。
王子や王女と同年代の年頃の子供を持つ公爵、侯爵、上級伯爵、という高位貴族は各々の家の財力をフルに使って人気の家庭教師を雇い入れ、子や孫達を王家の婚約者や側近に選ばれるように教育を施すのが普通だ。
我家の家格は公爵位で最も王家に近しい爵位である。
それ故に娘である私は王子の婚約者として最も有力だ。
「イリスや」
城に向かう馬車の中で父が不思議そうな顔をする。
「何でしょうか? お父様」
「今日は随分と大人しい服装じゃないか? 髪型も普段と違うようだが。いつもの美々しい姿はどうしたのだ」
父よ。
はっきり言っていいかな? あのチンドン屋のような格好が美々しいというアンタのセンス 最悪だろう・・・
「あれは子供のする格好ですわお父様。16歳にもなる娘のする装いではありません」
手に持つ扇を優雅に顔の前で広げ、口元を隠すのは、イリス・レージュ公爵令嬢。まあつまり私だ。
「これで良いのです」
選定の義に間に合うようにメイドを叱咤激励し、入浴からやり直させた今の格好は、薄いラベンダーブルーの光沢があるスレンダーラインのシンプルドレスで飾り気はほぼない。
いや、正確にはレースやフリルといった飾りはハウスメイド達が総出で取り払い、わずかに首元の同色のレースだけがデコルテ部分をカバーして素肌を隠すような形で残し、ボン・キュッ・ボンが素晴らしく魅力的に見えるように工夫している。
あのままでは饅頭を派手な包装紙で巻いてリボンで縛ったように見えただろう・・・
「そうか。今の姿は死んだ母によく似ているな。しかしいつもの装いが私は好きだな・・・」
そうか、このオッサンがあの格好させてたんかい。
納得だ。
余談だが、母親は先程の会話で解る通り、とうの昔に亡くなっている。
傾国の美女と謳われた母は、父と大恋愛の末に結ばれたが、10年前に流行り病で帰らぬ人になった。
その後残った一人娘の私を父は溺愛したが、母がいないせいなのか父のセンスで着飾っていたらしい。
子供のような格好が好きなのか? それにしては暑苦しいメイクのチグハグ感は何・・・?
やれやれ、まあいいよ。
あんなドハデな格好だと悪目立ちするし、王子の婚約者候補としてはちょっとばかり恥ずかしい。
イリスは扇の向こう側で溜息をついた。
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