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「絢斗」  声をかけられ、絢斗は背後を振り返った。三メートルほど離れたところにいたはずの志が、心配そうな顔をして絢斗のすぐ後ろに迫っていた。 「大丈夫?」  絢斗が目を閉じて立ち止まったからだろう。また気分が悪くなったのではないかと気づかってくれたようだ。  絢斗は右手でオーケーサインを作り、頭上を悠々と泳ぎまわるペンギンを指さした。すごいですねと伝えたかったのだが、志はすぐにわかってくれて、「うん」と笑ってうなずいた。 「すごいな。俺、生まれが岐阜でさ。大学に入った時に東京へ出てきたんだけど、ここに来るのははじめて」  岐阜にはペンギンがいないんだ、と志はやや大仰(おおぎょう)に肩をすくめた。知らなかった。生まれも育ちも東京である絢斗は素直に驚いて目をぱちくりさせ、もう一度、小さな翼をはためかせて空を泳ぐペンギンたちを見上げた。  屋外から差し込む自然な陽光が水槽を透過して、通路を華やかに(いろど)っている。行き交う人の熱も、話し声も、普段ならしつこいくらいにまとわりついてくるのに、今はなに一つ不快に感じない。  たぶん、安心しているからだ。隣に彼がいてくれるから。  ちらりと右に目を向ける。志はほんの少しだけ目を細くし、寄り添うように並んで泳ぐ二羽のペンギンを見つめていた。  きれいな横顔だった。耽美という言葉がしっくりくる、完成された美しさ。雰囲気があり、彼の周りだけ他とは違う、新鮮で清潔な空気が(ただよ)っているようにさえ感じる。(けが)れを知らない、澄み切った世界の中に彼はいた。
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