2.

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 もうずっと、その言葉とは無縁だった。七歳の頃に声を出すことができなくなってから、閉じた世界の中で、いつも一人きりだった。  半年前に卒業した高校でも、今かよっている大学でも、声を持たないせいで煙たがられた。気づかってくれる人はいるものの、()れ物に触るような扱いになってしまうことは避けられないようだった。  迷惑な存在なのだと、絢斗は自分の意思で(から)にこもった。どうせ誰ともうまくやっていけないのだから、いっそのこと透明人間にでもなってしまえばいい。それが絢斗の生き方だった。一人でも、僕は全然寂しくない――。 「おい」  不意に、志の声がした。 「なんだよ、なんで泣いてんだよ、絢斗」  志の右手が、左頬に伸びてくる。  いろんな意味で驚いた。いつの間にか、絢斗は涙を流していた。  慌てて拭い、首を振る。違う。悲しくて、つらくて泣いているんじゃない。  嬉しかった。  都合のいい言葉を使ったに過ぎないのかもしれない。それでも、志に友達だと言ってもらえたことが嬉しくてたまらなかった。こんな気持ちになれる日が来るなんて、少しも想像したことはなかった。  胸に熱いものが込み上げる。同時に、頭の中でいくつかのワードが光り輝いて浮かび上がった。  それらはすぅっと収束し、一つの情景を形成していく。暗闇の中に、一条の光が差し込む場面。  ――書きたい。  気持ちが高ぶる。心の中にある言葉たちを外界へ放出したい衝動に駆られる。  書ける。  今ならきっと、いいものが書ける――。
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