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3.
太陽が西に傾き始め、少し風が出てきた。
池袋駅東口から一番近い、南池袋公園。芝生広場のベンチを一つ陣取り、志はギターケースを開けた。
黒いボディのアコースティックギターだった。志はそれを腿の上に載せてかまえ、張られた弦のつながっているつまみみたいなものを触り始めた。
「絢斗は、音楽をやるの?」
弦を軽く弾きながら、志はなにげなく問いかけてくる。
絢斗は首を横に振った。歌うことはもとより、楽器の演奏もできない。
けれど、音楽は好きだった。一日に一度はスマートフォンから音楽を流し、サブスクや動画サイトで人気の楽曲、流行りの曲を聴くという、今どきの若者らしい音楽の楽しみ方をしている。
絢斗からも訊きたいことがあって、青いノートに書いて志に見せた。
〈志さんは、バンドマンですか?〉
「違うよ。俺はただの音大生」
音大生!
意表を突かれた。一方で、なるほど歌がうまいのも納得だった。作曲もできるし、彼は音楽の神様に見初められた男なのだ。
ジャカジャカと和音を響かせ始めた志が、また別の質問を絢斗に投げた。
「どんな音楽が好き? ロック? ポップス? ジャズ?」
絢斗は筆談で応じた。
〈ジャンルはよくわかりません。好きな歌手は、星野源さんとか、秦基博さんとか、BUMP OF CHICKENさんとか、Official髭男dismさんとか〉
「いっぱいいるな」
志が笑って、絢斗はようやく好みをさらけ出しすぎていることに気がついた。恥ずかしくなって、頬が赤らむ。
「男性ボーカルが好きなんだ」
絢斗はうなずき、ペンを走らせる。
〈理由はよくわかりませんが、気づいたら男性の方の歌ばかり聴いていて。皆さんいい声なので、耳が喜びます〉
「耳が喜ぶって」
志はまた声を立てて笑った。彼が楽しそうにしていると、なぜか絢斗も楽しい気持ちになってくる。
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