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 (むさぼ)るように、絢斗は志の動画を見た。次から次へと再生し、確かな歌唱力に裏打ちされたハイレベルな音楽に酔いしれた。  やみつきになる。時間の許す限り、ずっとこの歌声に浸っていたい。それほどまでに、志の歌は高い中毒性を(はら)んでいた。こんなにもどっぷりとハマる歌い手に出会ったのははじめてだった。  五つ目の動画を再生しようした時、正面から不意に視線を感じて絢斗は顔を上げた。  絢斗の座るベンチの前に、志がしゃがみ込んでいた。 「……!」  びっくりして息を飲むと、志はクスクスと楽しそうに笑った。 「集中しすぎ」  かぁっ、と首まで熱くなる。すぐ目の前にある志の子どもっぽい笑みが、さっきまで流れていた動画の色っぽく迫力のある歌声とはあまりにもかけ離れていてドキドキする。同一人物とは思えない。ギャップがすごい。 「とりあえず一番だけできたんだけど、聴いてくれる?」  一番。サビだけでなく、AメロやBメロも作ってくれたのだろうか。  絢斗はイヤホンをはずし、うなずいた。「じゃ、歌うね」と、志は絢斗の隣に赤いノートを置き、絢斗から二メートルほど距離を取ったところに立ってギターをかまえた。  絢斗の心臓が早鐘を打つ。自分が歌うわけでもないのに、書いた詩をちゃんと歌にしてもらえると思うと、どうしようもなくそわそわした。  ベンチに腰掛ける絢斗一人を観客に、志はギターのボディを軽くたたいてリズムを刻むと、八小節分のイントロから演奏を開始した。  速すぎず、遅すぎない、ミディアムバラード調に仕上げたようだ。イントロの終わりにすぅっと息を吸い込むと、志はやや抑え気味の声を出し、絢斗の書いた『The light fall』を歌い始めた。  志の歌声がギター伴奏に乗った瞬間、二人を包んでいた公園の空気が色を変えた。  優しく、ガラス細工にそっと手を触れるような歌い方で始まった曲は、Bメロに入ると、叙情的なメロディーに合わせて感情を込めた歌声に変わる。緩急、強弱のつけ方が絶妙だった。  サビのメロディーは力強く、志は声を張り上げるようにして歌った。ビリビリと耳から全身まで震えさせる迫力に圧倒され、知らず知らずのうちに涙腺が緩んだ。 きみが教えてくれた いつか夜は明けると 逃げることなんてない 走れ きみの待つ あの場所まで
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