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最後の一節を、志は勢いを保ったまま歌い切った。ほんの少しだけ効かせたビブラートが切なくもあたたかい余韻を残し、歌声は徐々に、泡沫のように消えていく。
ギターの演奏が終わる。志は呼吸を整えるように、気持ち長めに息を吐き出した。
どこからか、拍手の音がいくつも重なって聞こえてきた。見ず知らずの通行人が十人ほど、足を止めて志の歌を聴いていた。
「うまいねぇ、兄ちゃん」
くたびれたスーツに身を包んだ初老のサラリーマンが、ねぎらうように志の肩をたたいていった。他にも何人か、「がんばってください」と言い残してくれた人がいた。
知らぬ間に集まった想定外の観客たちに志は驚いた顔をしつつ、「ありがとうございます」と気恥ずかしそうに挨拶をした。その視線が、ゆっくりと絢斗に注がれる。
絢斗はひたすら呆然としていた。志の歌声に魂を抜かれ、拍手をすることも忘れていた。
――すごい。
まったくの素人である自分が見よう見まねで綴った詩に、志が曲をつけて歌ってくれた。それだけで十分感極まっていたというのに、見知らぬ人たちから賞賛の声までもらった。
志のスマートフォンを胸に抱きしめ、絢斗は勢いよくベンチから立ち上がった。
志とまっすぐに視線が重なる。感情が高ぶり、呼吸が揺れる。
感動した。そんなストレートな言葉しか出てこないけれど、とにかく絢斗は興奮していた。
あぁ、どうしよう。この感動を、感謝の気持ちを、どうにかして伝えたい。
はっ、はっ、と絢斗の口から短い息が漏れ始めた。もう少し、もう少しがんばれば、声になりそう。
口を「あ」の形にし、絢斗は懸命に喉に力を込めた。
出ろ、僕の声。
お願いだ。一瞬でいい。
志さんに気持ちを伝えたい。
僕の声で、伝えるんだ――。
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