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絢斗はシャープペンを握りしめ、青いノートに書き記した。
〈やりたいです。僕も、志さんと一緒にやりたい〉
「ほんと?」
絢斗ははっきりとうなずいて、深々と頭を下げた。「やった」と志は嬉しそうに声を上げ、上体を起こした絢斗に手を差し出した。
「渡久地志。M音大ピアノ専攻の三年生です。改めて、今日からよろしく」
ピアノ専攻。もはや響きだけでかっこよかった。機会があれば、いつかピアノの演奏も聴いてみたいと思った。
彼の手を握り返す前に、絢斗もノートに自己紹介をざっと書いた。
〈城田絢斗です。C大学文学部の一年生です。こちらこそ、よろしくお願いします〉
志とは違ってまるでパッとしないプロフィールを志に見せ、二人は固い握手を交わし、自然な笑みを向け合った。
まだなにも始まっていないのに、絢斗の心はこれでもかというくらいに躍っていた。
こんな風に、自分以外の誰かとなにかを成し遂げようとするのは、いったいいつぶりのことだろう。誰ともかかわらない、うまくかかわれなかった絢斗のもとに、こんなチャンスが訪れるなんて。
がんばらなくちゃ、と絢斗は自分自身を奮い立たせた。
志が求めてくれている。こたえたい。こたえなくちゃ。
志の力になりたい。大好きな彼の歌声を、もっと多くの人のもとへ。
自分のことはどうでもいい。ただ絢斗は、志の心が満たされればいいと考えていた。
志が幸せになれたらいい。その手伝いができるのなら――。
握手を終え、嬉しそうにギターをかき鳴らす志の横顔に、絢斗はそっと微笑んだ。
駅で優しく声をかけてくれた彼との出会いは、きっと一生の宝物になる。
根拠はないけれど、絢斗はそう確信した。
徐々に赤みを帯びていく西日が照らし出す志の姿が、いっそうきらめいて見えた。
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