3.

8/8

174人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
 絢斗はシャープペンを握りしめ、青いノートに書き記した。 〈やりたいです。僕も、志さんと一緒にやりたい〉 「ほんと?」  絢斗ははっきりとうなずいて、深々と頭を下げた。「やった」と志は嬉しそうに声を上げ、上体を起こした絢斗に手を差し出した。 「渡久地(とくじ)志。M音大ピアノ専攻の三年生です。改めて、今日からよろしく」  ピアノ専攻。もはや響きだけでかっこよかった。機会があれば、いつかピアノの演奏も聴いてみたいと思った。  彼の手を握り返す前に、絢斗もノートに自己紹介をざっと書いた。 〈城田(しろた)絢斗です。C大学文学部の一年生です。こちらこそ、よろしくお願いします〉  志とは違ってまるでパッとしないプロフィールを志に見せ、二人は固い握手を交わし、自然な笑みを向け合った。  まだなにも始まっていないのに、絢斗の心はこれでもかというくらいに躍っていた。  こんな風に、自分以外の誰かとなにかを成し遂げようとするのは、いったいいつぶりのことだろう。誰ともかかわらない、うまくかかわれなかった絢斗のもとに、こんなチャンスが訪れるなんて。  がんばらなくちゃ、と絢斗は自分自身を奮い立たせた。  志が求めてくれている。こたえたい。こたえなくちゃ。  志の力になりたい。大好きな彼の歌声を、もっと多くの人のもとへ。  自分のことはどうでもいい。ただ絢斗は、志の心が満たされればいいと考えていた。  志が幸せになれたらいい。その手伝いができるのなら――。  握手を終え、嬉しそうにギターをかき鳴らす志の横顔に、絢斗はそっと微笑んだ。  駅で優しく声をかけてくれた彼との出会いは、きっと一生の宝物になる。  根拠はないけれど、絢斗はそう確信した。  徐々に赤みを帯びていく西日が照らし出す志の姿が、いっそうきらめいて見えた。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

174人が本棚に入れています
本棚に追加