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「うーん」
撮りたての動画をチェックし終えた志の表情は冴えなかった。
「もうワンテイクだなぁ」
どうやら気に入らなかったらしい。なにが不満だったのか、絢斗にはさっぱりわからなかった。
「どうだった、絢斗?」
志に感想を求められる。絢斗は青いノートにペンを走らせた。
〈感動して言葉になりません〉
「いつもそれだな、絢斗は」
〈本心です。こんなにも素敵な曲にしていただけて、なんとお礼を言っていいのか〉
「いいよ、お礼なんて。誘ったのは俺のほうだし、礼を言わなきゃいけないのは俺だから」
違う。礼なんて言われたくない。
床に投げ捨てるようにペンを手から離し、絢斗は志の腕を掴んだ。
志が驚く。その顔を、絢斗はやや見上げるようにじっと見つめた。
伝えたい。
ちゃんと、気持ちを声にして。
口を「あ」の形にする。息を吸い、喉に力を入れて音を絞り出そうとする。
吐息が震えた。唇も。
七歳の頃の記憶がよみがえる。もっとも古く、つらく、悲しい過去。
目を閉じる。息が苦しい。
下唇をかみしめる。
怖い。声を出すのが、まだ、僕には――。
「絢斗」
志の穏やかな声がした。視線を上げた瞬間、志の顔が近づいた。
一瞬、なにが起きたのかわからなかった。柔らかく、あたたかな感触に口を塞がれている。
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