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あぁ、もう――。
絢斗はくしゃくしゃの顔をうつむける。
嬉しかった。誰かに好きだと言ってもらえたのはこれがはじめてのことだった。
胸が高鳴り、張り裂けそうになる。
なんだ、これ。この気持ち。心の奥がくすぐったい――。
「笑ってよ、絢斗」
志の声に、絢斗はそっと顔を上げた。
「笑って」
志が先に笑ってくれる。その美しい笑みを映すように、絢斗も笑った。
そうだ。こうやって笑っていればいい。
笑顔が好きだと言ってもらえたのだ。だったら、笑っていよう。
意識すると、ぎこちない笑顔になってしまう。それが自分でもおかしくて、気づけば自然と笑えていた。
「それそれ」
志も嬉しそうに微笑み返してくれた。
「かわいいんだよ、笑った絢斗。はじめて会った時からずっと思ってたんだ」
わしゃわしゃと頭をなでられる。途端に恥ずかしくなって、絢斗はじゃれ合うように志の手を振り払った。
もう一度歌い直すと言って、志は準備にとりかかった。カメラの前に絢斗を立たせ、再び録画ボタンを押す役目をまかせる。
マイクの前でギターをかまえる志。それだけでもう雰囲気があって、彼の作り出す空気感、世界観に引き込まれる。
志と目が合う。彼がうなずいたら録画ボタンを押す約束になっているが、志はうなずくどころか「ちょっと待った」と言い、絢斗のもとへと歩み寄ってきた。
絢斗がなにごとかと一歩退いた瞬間、志に唇を奪われていた。今日二度目の、キス。
「さんきゅ」
唇を離した志が、ささやくように言って笑った。
「パワーチャージ完了。さっきより絶対うまく歌える」
突然のできごとに驚き固まる絢斗の頭にポンと手を載せ、志は上機嫌でマイクの前に戻っていった。
唇が痺れている。からだもどこかふわふわしていて、足に力が入らない。
なにがなんだかわからないまま、絢斗は志の合図を受けてカメラの録画ボタンを押した。
志による二度目の歌唱は、一度目よりも本当によくなっていた。
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