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「楽しいな」
翌日もまた八王子まで足を運んでくれた志は、絢斗を連れ出してカフェに入り、窓に面したカウンター席を二つ陣取った。
絢斗と並んで座り、ホワイトモカなるホットドリンクの入った紙のカップを、中身をかき混ぜるように傾けている。エスプレッソにホワイトチョコレートのシロップとホイップクリームをミックスしたものらしい。そっと口に運んだ彼の表情は晴れやかだった。
「はじめてオリジナル曲をアップしたけど、これだけたくさん聴いてもらえるとやっぱ嬉しいよな。なんていうか、自分という存在を認めてもらえたみたいでさ」
絢斗は大きくうなずいた。志が自分と同じ気持ちでいることが嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
「なぁ、次はどんな曲にする?」
昨日新曲をお披露目したばかりだというのに、志はすでに次のことを考えていた。「ノート見せてよ」と手のひらを上向きにした右手を出される。絢斗がコツコツ書き溜めてきた詩の中から、次に作る曲を決めるつもりらしい。
絢斗は素直に赤いノートを渡した。「さんきゅ」と受け取った志は、楽しそうにページをめくった。
「これは?」
彼の琴線に触れた詩は『紫陽花』と名づけたものだった。一年前、大学受験を控える中、気分転換がてら書いたものだ。
七月の中旬に入ってもなお梅雨が明けず、勉強の気合いも入らず、当時の絢斗はとにかく憂鬱な日々を過ごしていた。そんな、何日もかかえ続けた晴れない気持ちを失恋に置き換え、季節を代表する紫陽花の色彩をモチーフに据えて、一つの歌にまとめ上げた。
きみと並んで見た景色
僕ははっきりと覚えている
きみは紫陽花が好きだと言った
傘を差し 手をつなぎ 花の咲く場所を探したね
水が変われば 小さな花は色を変える
あふれる愛を映した赤 悲しみのブルー
きみの心はいつから移り変わったの
置き去られた愛情は
僕の中で息づいている
きみを想うことで 世界は色づくのに
今はどこまでも無色だね 透明だね
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