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「切ない系だな。好きだよ、俺。こういうテイストの曲」  志はすっかりその気になっていた。鼻歌まで歌い出して、放っておいたらこの場で一曲完成させてしまいそうな勢いだ。  絢斗はクスっと笑い、筆談用の青いノートを取り出した。真っ白なページの上で手を動かすと、気づいた志が手もとを覗き込んできた。 〈志さんは本当に音楽が好きなんですね〉  なにげなく紡いだ一言は、志を一瞬真顔にさせた。その表情に絢斗が驚くひまは与えてもらえず、志はすぐに微笑んで「そうだな」と言った。 「好きだね、音楽。音楽なしに、俺の人生は語れないかな」  良くも悪くも、と志は声のトーンをやや落として付け加えた。『音楽=人生』と位置づけた彼だが、絢斗にはその発言が彼自身の意思で()されたものでないように感じられた。どことなく、見えない誰かに言わされているような雰囲気がある。気のせいかもしれないけれど。  話題を変えたほうがいいかもしれないと、絢斗は新たな一文をノートに綴った。 〈他には、どんなものが好きですか?〉 「好きなもの? 音楽以外で?」  絢斗はうなずき、ホワイトモカの入ったカップを指でさした。 「あぁ、うん。コーヒーは好きだな。甘いものも好き。キャラメルとか」  キャラメル。男らしい面立(おもだ)ちの志がおいしそうに食べているところを想像したら胸がキュンとなった。かわいい。絶対にかわいい。 「カレーも好き。割と辛めのやつ」  絢斗は親指を立ててみせる。絢斗もカレーライスは辛いほうが好きだった。 「辛いのは平気だけど、すっぱいものは苦手かな。酢とか、梅干しとか」  うんうんとうなずきながら、絢斗は〈食べ物以外には?〉と尋ねる。 「食べ物以外かぁ……。あ、一つ思いついた。二度寝」  絢斗は笑い、拍手をした。いい回答だ。二度寝ほど幸せな時間はないかもしれない。 「あとは、買い物。散歩がてら、ふらっとウィンドウショッピングをするだけでもいい。あぁ、実家の縁側でじーちゃんとひなたぼっこしながら昼寝するのも好きだったなぁ。スノーボードは歳の離れた従兄(いとこ)が教えてくれて好きになった。地元が岐阜だからさ、雪山には事欠かないんだよ」  少し照れ臭そうにしながら、志は好きなものをたくさん教えてくれた。少しずつ、渡久地志という人の輪郭がはっきりしてくる。  胸の奥に、あたたかいものを感じた。志のことを一つずつ知っていくこの時間が楽しくてたまらない。もっと知りたくなって、あれこれ尋ねたくてウズウズした。
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