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 心が動いているのがわかる。志のおかげで、これまで鳴りをひそめていたあらゆる感情がむくむくと首をもたげてくる。  ぱぁっと、心の中でなにかがほとばしるのを感じた。言葉が次々とあふれ出し、頭の中で一つの形になっていく。  絢斗は志の手もとにあった赤いノートを指さし、手のひらを上向けて「返してほしい」とジェスチャーだけで伝えた。志はすぐにわかってくれて、絢斗の手の上にノートを載せた。  シャープペンを握り、脳裏に描かれた情景を短い文章にしてまとめる。今回は単語を書き出す作業をすっ飛ばし、いきなり文章にしていった。  きみの好きなもの 教えて  コーヒー キャラメル カレーライス  すっぱいものは少し苦手  二度寝 買い物 ひなたぼっこ  スノーボード 雪国生まれのきみらしいね  手と手つないで 話をしよう  きみのこと もっと知りたいよ  今日はここへ行こう  明日はあれを食べよう  心躍る日々を送ろうよ  きみの好きなもの 教えて 「なんだよこれ」  でき上がった短い詩を見て、志は声を立てて笑った。 「俺のことじゃん」  そのとおりだ。『きみの好きなもの』というタイトルに決めて、ノートの余白に書き添えた。 「ちょっと恥ずかしいけど」  志は本当に恥ずかしそうに頬をかいた。 「でも、嬉しい」  シャープペンを握る絢斗の右手を、志は左手でそっと包んだ。  ペンを抜き取り、絢斗の手を取る。指を絡め、静かに握った。 「この(うた)は、絢斗の気持ちってことだよな?」  絢斗も恥ずかしかったけれど、ちゃんと伝わるようにうなずいた。  志のことを、もっと知りたい。  志の好きなものを好きになりたい。心を重ねて、志と同じ景色を見たい。  一緒に音楽を作りたい気持ちももちろんある。けれどそれ以上に、絢斗はただ単純に、志と同じ時間を過ごしたいと思った。あわよくば、そうすることで志が喜んでくれればいい、とも。  志が笑い、嬉しい気持ちになってくれると、絢斗も自然と嬉しくなる。幸せな気持ちになれる。  そんな時間が、今はなによりも大事だった。二人で作った楽曲が評価されたのは偶然だったかもしれない。でも、「二人で作った」という事実だけは絶対に揺らがない。  これからも、二人の時間を積み重ねていきたい。その過程の中で、いい音楽を作れればいい。  このささやかな願いを、志は受け止めてくれるだろうか。
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