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「ねぇ、絢斗」
つながれたままの志の左手に力が入る。
「こういう気持ち、なんて言うか知ってる?」
絢斗が小首を傾げると、志はこれまでで一番男らしい笑みを浮かべて言った。
「恋だよ」
音もなく、唇が重なる。触れた部分に甘い刺激が細く走る。
絢斗は目を見開いた。志の唇が離れても、しばらくその顔はもとに戻らなかった。
「なに驚いた顔してんの」
志がクスクスと楽しげに笑う。
「これで三回目じゃん、キス」
そうだった。そして、志のキスはいつも不意打ちだ。
志の右手が、絢斗の髪をかき上げる。端正な顔で穏やかに微笑み、志は言った。
「俺のものになってよ、絢斗。俺のそばにいて、ずっと」
冗談ではない。志の、本気の告白。
「一緒になろう。音楽作りのパートナーから、一歩先へ進みたいんだ。俺は、絢斗のことが好きだから」
絢斗の綴った詩に対する、志のアンサー。おまえと同じ気持ちだよと、彼はそう伝えてくれた。
幸せだった。ほしいと強く願ったものが、心をゆっくりと満たしていく。
つながれたままの志の手を、絢斗はきゅっと握りしめた。
相手は男性。僕が恋に落ちた人は。
だけど、それがなんだ。
答えなんて、最初から決まってる――。
まっすぐ志の目を見つめた瞬間、これまで頑として動かなかったはずの口が、言葉の形になり始めた。
あ、り、が、と、う。
たったの五文字。息を止めたまま、絢斗は口をはっきりと動かして志に伝えた。
自分でも信じられなかった。どれだけ願っても叶わなかった、できなかったことが、志を前にすると、ごく自然に実現していく。願いがどんどん叶っていく。
「絢斗」
手で口もとを覆い隠す絢斗を、志も大きくした目で見つめた。
「今、『ありがとう』って……!」
声にはなっていなかったはずだ。けれど志は絢斗以上に嬉しそうに笑って「やったな!」と絢斗を抱きしめてくれた。
「すごいよ! 一歩前進だ!」
志の腕の中で、絢斗は涙ぐみながらうなずいた。志が景気よく背中をたたいてくれて、喜びでからだが芯からあたたまっていくのを感じた。
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