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 絢斗は無心でうなずいた。嬉しかった。彼が進むと決めた道の先に、自分の存在がある。これ以上の幸せはない。  志のためなら、どんなに忙しくても手を貸したいと思った。彼の人生を支えることは、長い間日陰で生きてきた絢斗がようやく得た生きがいだ。 なにがあっても、志についていく。今改めて、絢斗はそう心に誓った。  志の手を離し、絢斗はノートに言葉を綴る。 〈僕がこれまで書いたもの、すべて志さんにあげます。僕の全部を、志さんに〉 「全部?」  絢斗は首を縦に振る。我ながらおそろしい回答だと自覚しているが、それ以外に適切な答えはないとも思う。スマートフォンがないと生きられない現代人のように、絢斗もまた、志なしでは生きられない人間になりつつあった。 「ありがとう」  志は絢斗に微笑みかけ、当たり前のように唇を奪った。単純な触れ合いからはじまり、大きく()まれ、やがて舌を絡ませてきた。  絢斗ももう驚いたりしない。そうされることを、いつしか期待するようになっていた。  いつもより少し深く交わってから、志は作曲作業を再開した。その真剣な横顔を、絢斗は静かに見つめる。  不思議だ。音楽と真摯に向き合う彼を見ていると、自分にもなにかできる気がしてくる。音楽の才能なんてこれっぽっちもないくせに、彼のためにできることを探してしまう。  前向きな言葉たちが頭に浮かんで、ギターをかかえる志のからだを優しく包み込んでいく。彼の存在が言葉を呼び寄せ、一つの(かたち)へと収束していく。  絢斗は赤いノートを取り出し、それらの言葉を拾い集めた。(いん)を踏んだり、当て字を使ってみたりして、志の生み出す音楽にマッチする詩に仕上げていく。  永遠なんていう都合のいいものがこの世界にないことくらい、絢斗にだってわかっている。時間は有限で、誰もが少しずつ、命という与えられた持ち時間をすり減らしながら生きている。  それでも、信じるだけならタダだし、自由だ。志と永遠に一緒にいられる夢を見るのは、絢斗の自由。  この命が尽きるまで、あるいは、この命が尽きた先でも、こうして二人で新しい音楽を紡ぎ続けていけることを、絢斗は心の底から願い、信じた。  信じれば叶う夢ばかりじゃない。  けれど、信じずにはいられない夢があることもまた、事実だ。
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