7.

1/7

174人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ

7.

 ポップでキュートな仕上がりになった三作目『きみの好きなもの』がちょっとしたブームを巻き起こすことになったのは、すっかり冬を迎えた十一月末、二人が出会って一ヶ月半が過ぎた頃のことだった。  チャンネル登録者数一千万人を超える大人気YouTuberが、自身のツイッターで「『きみの好きなもの』にハマっている」と動画のリンクを貼ってツイートしたらしく、彼のファンがこぞって志の歌を聴きに来たのだ。そこから人気に火がつき、動画の再生回数は瞬く間に百万回を超えた。  そうしてトレンド入りを果たすと、今度は音楽業界が黙っていない。国内の名だたるアーティストが多数所属している音楽レーベルから、『きみの好きなもの』を有料配信しないかという打診を受けた。歌手デビューの誘いだった。  二人は手放しで喜んだ。音楽の世界で、歌い手として生きていきたいという志の夢につながる、大切な一歩を踏み出すチャンスをもらったのだ。流れが来ていると自分たちでさえ実感できている今、この話に乗らない手はなかった。くだんの音楽レーベルは、志に歌手として、絢斗には作詞家としての椅子を用意すると言ってくれている。  あまりにもとんとん拍子に話が進んで、絢斗は嬉しさをかみしめると同時に、足が(すく)むような思いもした。  これからもずっと、このままうまく転がり続けることができるだろうか。まばゆすぎる現実に目が(くら)み、どこかで待ち受けている落とし穴に気づかないまま、底のない闇に落ちるまでバカみたいに走り続けてしまうのではないか。  つかみどころのないこの不安を、志に打ち明けることはできなかった。志は本気なのだ。いつか暗闇に落ちるのだと仮にわかっていたとしても、それでもなお、彼はその日まで踏み出した足を止めることはないだろう。  どんどん先へ進んでいく志の背中を、絢斗は戸惑いながら見つめていた。一緒に行こう、と志は手を引いてくれるけれど、その手をちゃんと取れているという感覚が日に日に薄れていくのを自分でも感じた。昔から絢斗は環境の変化に対応することが得意ではなく、前に進めるという喜びと、漠然とした不安が混在する日々の中で、溺れないように必死に呼吸し、志の隣で生きようとしていた。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

174人が本棚に入れています
本棚に追加