9.

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 無気力な日々は、それから何日も、延々と続いた。  絢斗は音楽を聴くことをやめた。ランキングをチェックして流行を追いかけることもせず、YouTubeにアクセスすることもなくなった。近所のスーパーで流れている有線放送の曲を耳にすることさえ億劫で、絢斗の生活は自宅と大学を往復するばかりになった。  志と最後に顔を合わせた日から三週間が経っていた。(こよみ)は十二月に変わり、新しい一年がすぐそこまで迫っている。  あの夜以来、志からの連絡は一切なかった。絢斗に近づいてきた礼音という青年もあれからさっぱり音沙汰がなく、つまるところ、志は再びピアノと向き合うことに決めたのだと推測された。  それでよかった。そのために絢斗は志から離れたのだ。  彼の人生にあたたかな光が降り注ぐことを、絢斗は心の底から願った。夢の途中に置き去られた自分のことは、どうとでもなれと半ば自棄(やけ)になっていた。  詩ならまた書けばいいと思っていたのに、あの日から、絢斗は詩が書けなくなった。  描きたい情景も、使いたい言葉も浮かばない。心が動いていないせいだ。動かないどころか、ぽっかりと穴が開いてしまったように、胸の中はからっぽだった。無。真っ白。  抜け殻のような毎日だった。大学に行っても講義に身が入らず、家に帰ってきてもぼんやりとテレビを見ているだけ。  この先の人生をどうしようかなんてことは考えようともしなかった。泣きわめくことはできたけれど、結局言葉を取り戻すことはできず、絢斗はこれまでとなんら変わらない、声を失った憐れな青年のままだった。
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