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いよいよ頭が混乱してきた。
あの日、志との時間は終わったはずだったのに。ピアニストになってほしいと、ちゃんと伝えたはずなのに。
それなのにどうして、志はこんなにも堂々と歌手としてステージに立っている?
絢斗と二人でずっとやっていきたいと宣言している?
絢斗が呼吸を揺らす中、浅木と二人でカメラに抜かれた男性アナウンサーが解説を入れた。
「動画サイトではギターでの弾き語りがイメージとして定着しているYuki1092さんですが、実は現役音大生という一面も持ち合わせているのだそうです。そこで今夜は、配信リリースでさらなるファンを獲得したヒットナンバー『きみの好きなもの』のピアノアレンジバージョンと、十二月二十五日に配信開始となる新曲『スウィーテスト・シンフォニー』をメドレーで披露していただきます」
なんだって?
絢斗は思わずソファから腰を浮かせた。
スウィーテスト・シンフォニー。
絢斗が書いた、一番新しい詩のタイトルだ。志と別れ、書けなくなる直前に書いたもの。
まさか、あの詩を歌に――?
「ピアノの腕前もかなりのものだと伺っていますので、楽しみですね」
浅木美菜が笑顔で言うと、男性アナウンサーが曲紹介をした。
「それでは、Yuki1092さんで『きみの好きなもの』『スウィーテスト・シンフォニー』スペシャルメドレーです。どうぞ」
絢斗の心臓が早鐘を打つ。
カメラが切り替わり、ステージ中央に設置されたグランドピアノの前に座る志の姿が映し出された。以前と少しも変わらないグレージュの明るい髪に、ターコイズブルーのオーバーサイズジャケット、白いインナーに黒のスキニーパンツ。ピアノのペダルにかけた足には、愛用している黒いスニーカー。
礼音に見せられた、タキシード姿の志とは違う。ピアノの前に座っているのに、そこにいたのは、歌い手としての志だった。
ふわりと羽根が舞うような動作で、志の両手が鍵盤の上に載せられる。一瞬の間を取り、演奏が始まった。
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