9.

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「ぼ、ぼぼ僕がいけなかったんです。だ、だって……ぼ、僕がもっと早く、あ、あの……あの、ゆ、志さんとピアノの話をしていたら……」 「それは関係ないよ。音大のことを話題にされても、俺、たぶんなにも答えなかったと思うから。なんなら、音大に入ったことさえ間違いだったって思ってるしね」 「で、でも志さんには、ピ、ピアノの才能が」  志はあきらめたように首を横に振った。 「音大なんかに入ったから、迷うことになったんだ。昔から夢は一つだけだったのに、家族とか、周りの連中の期待になんとなくこたえなくちゃいけない雰囲気があって、それに流されてきただけだから。音大に入ったことも、ピアニストを目指したことも、そこに俺の意思はなかった。それは今でも変わらない。俺の願いは、歌手になること。ただそれだけ」 「じ、じゃあ」  絢斗の声が震えた。 「ピアノは、やめてしまうんですか」  細かい雪の結晶を、ホテルから漏れ出る明かりが乱反射させる。  志は首を横に振り、目つきをさらに和らげた。 「絢斗、言ったよな。俺に『世界一のピアニストになれ』って。だから、決めた。俺、世界一のピアニスト目指す」 「う、歌は……?」 「やるよ。続ける」  絢斗の表情が明るくなる。志もふわりと笑った。 「おまえの書いた詩、勝手に歌にしてごめん。でも、結果を出せばいいんだってわかってたから。結果が伴えば、誰にも否定されなくなる。否定させないような結果を残す。そのために、俺は歌い続ける。おまえの書いた(うた)を。俺たちの歌を」  なにがあっても、と志は言った。 「歌手とピアニスト、どっちの道でも結果を出す。そうすれば、おまえを取り戻すことができる。もう決めたんだ。俺は、おまえと一緒にいられる未来を選ぶ。どれだけその道が険しくても」  ピアノはやめない。歌手としての人生も歩み続ける。  志の答えは、これ以上ない最高のものだった。絢斗は大きくうなずいた。  今の志の見据える先には、ピアニストとしての約束された未来ともう一つ、別の未来がある。  絢斗と進む、ボーカリストとしての未来。  二人で叶える、大きな夢。
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