9.

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「前に言っただろ」  志は凛々しい笑みを浮かべた。 「絢斗が隣にいてくれたら、夢が夢で終わらない気がするって。ピアニストになることにはたいしてこだわってないけど、絢斗との未来を守るためなら、やるしかない。その上で、俺は俺の夢を追う。おまえの居場所を作ってやらないといけないし」  自分のことだけではない。志の心に描かれたビジョンの中には、絢斗の存在がちゃんとある。  嬉しかった。夢の途中に置き去られたわけじゃなかった。  志はこれまで一度たりとも、絢斗の手を離したことはなかったのだ。  ただ前だけを見て、志は高らかに宣言した。 「どっちも成功させてみせるさ。誰になにを言われても、どこから邪魔が入っても、俺は俺の道を行く」  絢斗の前に、志が右手を差し伸べた。 「ついてきてくれるよな、絢斗?」  細く、美しい指先を、絢斗は慈しむように見つめる。  一度は離してしまった手。今を逃せば、もう二度と触れることは叶わないだろう。  絢斗は迷わず、志の右手を取った。志の与えてくれた選択肢、彼とともに行く未来を、今度こそ、自分の意思で選んだ。 「僕も、言いました」  右手にきゅっと力を込める。 「僕のすべてを、志さんにあげると」  自分でも信じられないほど、言葉がスムーズに口をついた。  しっかりと顔を上げ、絢斗は言った。 「ついていきます、志さんに。なにがあっても、もう逃げない」  季節を彩る粉雪が、二人の肩の上でふわりと溶ける。  交わる二つの微笑みを、淡い光が包み込んだ。 「絢斗」  つぶやくなり、志は絢斗に口づけた。人目も憚らず、五秒、十秒と唇を重ね続ける。  触れた部分が痺れ出す。心で感じる幸福を、からだでも味わう。  ようやく唇が離れると、志はうっとりと目を細めた。 「好きだ、絢斗」 「僕もです、志さん」 「ちゃんと言って。好きだって」 「……好き、です」  よし、と言って、志は頭をなでてくれた。 「もう絶対、俺から離れんなよ?」  当たり前だ。そのために、彼の手をもう一度取るためにここへ来た。  迷いなくうなずき、もう一度、今度は短いキスを交わした。  肌に突き刺さるような真冬の寒さが嘘みたいに、二人の間に流れる空気だけがあたたかく、穏やかな丸みを帯びていた。
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