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 これまでは八王子まで出向いてくれていた志だったが、今は絢斗をこの部屋に呼んで楽曲制作に取り組むことが当たり前になった。交通費の代わりに志は食費を負担してくれたり、新しい服を買ってくれたりして、持ちつ持たれつのいい関係が築けている。  そうして志と過ごす時間がますます増えると、絢斗は声を求められるようになった。最初のうちは自信がなくて手話に頼りがちだったけれど、志が根気よく訓練に付き合ってくれて、ゆっくり話すこと、口の形をはっきりと作ること、話したいことをあらかじめ頭の中にイメージすることなど、いくつかの課題を一つずつクリアしていきながら、徐々になめらかな発声を取り戻していった。  気持ちが焦ると吃音の症状が出てしまう時があるものの、今ではゆっくりしゃべることでほとんど言葉につまることはなくなった。意識的にペースを落として話すことは芝居に似ていて、人より少しおっとりした話し方をする人格を演じるように、絢斗は言葉を操った。  全部、志のおかげだ。  志の言ったとおりだった。志といれば、志が隣にいてくれれば、夢が夢で終わらない。一生声を取り戻せないことを覚悟した絢斗のもとへ、生まれ持った自身の声は戻ってきた。  人間とは欲深いもので、一つ願いが叶うと、新たな願いがすぐに生まれる。絢斗にはまだまだ、ほしいものがたくさんある。  それらはこれから、志と二人で探しに行く。同じ景色を見、同じ出会いに感動し、感謝する。  そんな日々がいつまでも続くことも、絢斗の新たな願いの一つだ。志と二人なら、きっと叶えることができる。
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