11.

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「キスされると思った?」  わざと低く出した声が意地悪に告げる。睨むように薄く目を開けた絢斗の頬に紅が挿した。 「ひどい人。最後の最後にからかうなんて」 「安心しろ。帰ってきたらたっぷりしてやる」  そう言いつつ、志は絢斗の赤らんだ頬に軽く唇を寄せてくれた。 「浮気するなよ」 「ご心配には及びません。僕はモテないので」 「そんなことない。おまえ、自分のかわいさにまだ気づいてないのか?」 「志さんだけですよ、そうやって僕のことをほめてくださるのは」 「そういう無自覚なヤツほど心配なんだよなぁ」 「志さんこそ、浮気しないでくださいね。あなたは僕と違ってモテるんだから」 「安心しろ。俺はおまえしか見てないから」  互いに照れた笑みをこぼし、ぎゅっときつく抱きしめ合うと、志はいよいよ絢斗に背を向けて歩き出した。  少しずつ遠ざかっていく志の大きな背中が人混みに紛れて見えなくなるまで、絢斗は穏やかな目つきでその陰を追い続けた。  志ならきっと大丈夫。望んだ未来を必ず掴んで帰ってくる。  我知らず微笑み、絢斗は羽織っているライトグレーのパーカーからスマートフォンを取り出した。ワイヤレスイヤホンを耳につけ、YouTubeにアクセスする。  ゆっくりと、志とは反対方向に歩き出す。搭乗口に向かう人波に逆らって進んでも、今はもう悪い夢に悩まされることはない。  スマートフォンで流す志の歌声が励ましてくれる。前を向き、まっすぐ進む力を与えてくれる。
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