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 志と出会うまで、なにもかもがうまくいかなかった。死んだように生きていた。  でも今は、志がいる。志といれば、叶わない願いなんてない。新たな夢さえ見させてもらえる。  志はギターの練習をしておけと言ったけれど、絢斗には他にも、志が帰る前までにやっておきたいことがあった。  Yuki1092名義で発表する新作の歌詞を準備すること。できれば三つほど候補を用意しておきたい。  日々が充実すると自然と前向きな詩を書くことが増えるけれど、あえて失恋ソングを書いてみようとか、夢を目指す人のための応援ソングにチャレンジしようとか、絢斗の心にある作品の種が次々と元気に芽吹き始める。どのくらい水を()いたら、どんな花が咲くだろう。匙加減はいつも手探りだ。  そうやってあれこれ迷う瞬間が大好きだった。一人で自由気ままに書いていた時とは違う。今はもう、志が歌うことを前提に言葉を紡ぐことが当たり前になっている。  そう。今はもう、一人じゃない。  そう思えるだけで力が(みなぎ)る。足取りが軽くなる。  誰かのために、自分の力を尽くせること。それがなによりも幸せだった。  ふと、歌詞よりも先にタイトルが浮かんだ。語感を確かめたくて、足を止め、周りに聞こえないくらいのボリュームでつぶやく。 「……『きみの声で愛を歌え』」  悪くない。どれだけ苦しくても、ありったけの声と勇気を振り絞れば、心にある愛は大切な人に届く。そんな前向きな歌にしたい。絢斗の声は、志が取り戻してくれたものだから。  使いたい言葉たちが次から次へとあふれてきて、せっつかれるように、絢斗は空港内を駆け出した。  書こう。志さんのために。  その先にいる、志さんの歌声を待つ大勢の人たちのために――。  前だけを見つめて走る絢斗の横顔に、柔らかな五月の陽射しが降り注いだ。  明るい未来へと続く滑走路から、二人で見る夢が飛び立った。 【スウィーテスト・シンフォニー/了】
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