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 池袋駅のホームに降り立った時、突然、高波にのまれて息ができなくなる映像に頭の中を支配された。  呼吸のリズムが一気に崩れる。深い海の水底へとどんどん沈んで、このまま誰にも引き上げられずに死んでしまうのではないか。そんな風に思い始めて、指先が震えた。  不規則に入り乱れる人いきれの中で、絢斗(あやと)は立ち止まることを余儀なくされた。最近は落ちついていたから大丈夫だと思ったのに、少し遠出をした今日に限って発作が起きた。  絢斗と同じように電車を降り、改札口へと急ぐ人たちが、うつむいたままその場に固まっている絢斗を鬱陶(うっとう)しそうに(にら)んでいく。次の電車を待つ人にはわざと肩をぶつけられた。  ホームドアが閉まり、乗ってきた列車が動き出す。歩き出さなきゃいけないのに、絢斗はきつく目を閉じた。  自ら作り出した暗闇の中で、赤や青、黄、白、さまざまな色がチカチカと光り、(いびつ)な円を描いて回る。耳の奥で、キィンと甲高い音が鳴り出した。  どうしよう。息ができない。  誰か助けて。  死んじゃう。僕、死んじゃう――。 「大丈夫?」  不意に、背中に優しいぬくもりを覚えた。 「苦しい?」  かけてもらった声は、透きとおった沖縄の海のように澄んでいた。柔らかく、落ちつきのあるテノールボイス。耳の奥で鳴り続けていた不快な音が少しずつ小さくなっていく。
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