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第12話 狂気の刃
尊と別れて1ヶ月が経とうとしていた。
普段、仕事で接点がないから、幸か不幸か職場で顔を合わせることはなかった。
地元の浅田会長から、湯浅君は元気にしているかと声をかけられたくらいのものだ。
あれから森山さんとは話をし、友だちとして付き合う以上の関係にはなれないと断った。
尊と別れた腹いせに付き合うことも出来たのかもしれないが、それは彼女にとって失礼だと、いつもの自分が思い留まらせた。
最近は、週末が来るたびに実家へ帰省する機会が増えている。
1人分の飯を作ることに煩わしさを覚えたことと、あとは気を紛らわせるために父の将棋の相手をしたり、母の庭仕事を手伝った。
姉の弓弦は、別れる度に同じ行動パターンを繰り返す俺に愛想を尽かしている。
妹の静流は、別れる前に会わせて欲しかったと未だに駄々をこねていた。
どれほどの美形だったのかと、腐った妄想が止まらないようだ。
先週なんて、珍しく緊張した面持ちで話しかけてくるなと思ったら、『ね、実際んとこ、どうなの……? 男同士って、にょ、尿道プラグとか、使ったりするもんなの……?!』と鼻の穴を思い切り膨らませていた。
静流の頭の中で、一体俺たちがどんなプレイをさせられていたのか、聞くのも恐ろしい。
まぁ実際、尊はベッドの上では従順だったし、本人は気付いてないけどMっ気があったから、そんな行為も受け入れるポテンシャルは秘めてそうだけど。
携帯に画像が残ってないのか問われたが、あいつと写真なんて一度も撮ったことがなかった。
ただ一度だけ、俺に頭を擦り寄せて眠る姿があまりに可愛くて、隠し撮りしたことがある。
携帯のアルバムをスクロールすると、2枚撮ったうちの1枚はピンボケしていたが、もう1枚はちゃんと写っていた。
画面の中の尊は、とても気持ちよさそうに眠っていた。
きめ細かくて白磁のように滑らかな肌。
色素が薄いせいか、染めてもいないのに少し茶色がかった栗色の髪。
その中でも、俺はあいつの目が好きだった。
薄茶色のそれが陽の光に当たると吸い込まれそうなほどに澄んで見える。
じっと見つめると、いつも恥ずかしがって視線を逸らされたが、俺は飽きることなくその瞳の奥を眺めるのが好きだった。
ブラックホールのような漆黒の瞳孔が呼吸するように大きくなったり小さくなったりする様を眺めながら、まるで月面のように美しい虹彩を宇宙から観察しているような気分だった。
「え、元彼ってこれ?!」
いつの間にか横から携帯を覗き込まれている。
すぐにホーム画面に戻したが、静流が隼の如く奪い取ると、リビングで寝転がっていた姉の元へと駆け寄った。
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