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午後には、前任の宮田係長から仕事の引継ぎを受けた。
歯切れが悪く要領を得なかったが、前年度に処理しきれずに積み残した業務や課題が山積しているという事実だけは把握できた。
掻い摘んだ説明の後、居心地が悪そうに新職場へと戻って行くその後ろ姿を見つめながら、一年で御役御免と僻地へ飛ばされた人の肩身の狭さを痛感した。
あれが来年の我が身かもしれないと思うと、嫌でも気持ちが引き締まる。
打合せスペースから戻ってくると、午前中に休みをとっていた隣席の日向守が、業者との電話応対の最中だった。
身長は優に180センチを超えていて、肩幅も胸板もあるため、健康的な体躯には藍色の作業服がよく似合う。
目鼻立ちもはっきりとしていて彫りが深く、一見しただけで印象に残るような、華やかな容貌をしていた。
「あ、どうも日向です」
彼は、電話を切るとすぐにこちらに顔を向けた。
だが、視界を妨げるような書類の壁を前にして、一瞬にして侮蔑を匂わせるような冷めた目つきに切り替わる。
「初めまして、湯浅です」
「机、凄いでしょ。その状態でよう一年もった思いません?」
彼は、大学院を卒業し、ゼネコンで5年間勤めた後、横浜市の採用試験に合格した今年34歳の男性職員だ。
地元が大阪らしく、ゼネコン時代も大阪を拠点に働いていたことから向こうの訛りが強い。
たまたま橘が同期だったため、事前に彼の前情報だけは仕入れることが出来た。
『性格に難はあるが仕事においては精鋭』らしい。
「仕事の詳細はみんなに確認してほしいってことだったんで、また色々と教えてください」
様子を窺いながら言葉を発すると、彼は鼻で笑いながら腕を組んだ。
「あの人、引き継ぎもろくにせんと出てったんですか。ひどい話ですね」
目上の上司をあの人呼ばわり。
なるほど、確かに仕事ができる自負はありそうだ。
黙ってその横顔を見つめていると、彼は背もたれに体を預けながらこちらを見上げた。
その鋭い視線が、まるで品定めでもするかのように俺を捉えて離さない。
「湯浅係長って、いつ係長なったんですか」
「3年前なので、今年で4年目です」
「へえ。昇進でうち来た訳やないんですね」
ただの興味本位で聞いているだけなのかもしれないが、それにしては感情の籠らない、温かみのない抑揚で返される。
『お前は足手まといにならないだろうな?』
暗にそう言われているような気がして、俺は宮田係長の去り行く背中を思い出しながら、改めて気持ちを引き締めていた。
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