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「橘んとこおった湯浅係長、ほんま俊才やわ。前年度に揉め倒した地元とも一瞬で和解するし、俺らに対する指示も的確で説明も分かりやすいし、しかも余計な雑用全部引き受けて俺らが働きやすいよう配慮してくれんねん。ほんま神やで、あの人」
カツカレーをかきこみながら、同期の日向がにやりと笑みを溢した。
4月も終わりに差し掛かろうとしていたある日、俺は奴の気まぐれに付き合わされ、昼飯を共にしていた。
日向は頭の切れる男で仕事が早い。
本人が優秀なだけあって、人を見る目には厳しく、出来ない上司や同僚を見下しては貶す傾向にある。
そんな高飛車なこいつが人を褒めるところを初めて見た。
「あの人とやったら上手くやってけそうやわ。なんせ前任が酷かったからなー」
また始まった──。
尊が河川事業課から異動した後、俺の係には後任で内海係長が配属された。
仕事のできそうな力強い眼光に焼けた小麦色の肌。
今年43歳の体育会系の係長だ。
彼は、係員時代に河川事業課にいた経験があり、専門的知識が豊富で頼りになった。
指導の仕方は最低限で、担当の自主性に任せるところがあり、きめ細やかに配慮し保護してくれた尊とは全くタイプが異なる。
最初こそ戸惑いを感じたものの、要領が掴めてくると今の係長の方針にも慣れ、事業は順調に進んでいる。
けれど日向の話を聞いているうち、俺は無性に羨ましくなった。
尊と内海係長とでは、部下への愛情のかけ方に差があるからだ。
本人の自主性に任せるというのも一つの信頼関係の証ではあるが、俺はまだ工事経験が浅いため、上司に目を掛けてもらっている方が仕事をする上での安心感がある。
それに、個人プレーではなく、チームで仕事をしている感覚があって楽しかった。
俺が甘ちゃんだからだと言われればそれまでだが、尊と仕事をしていた時の方が単純に楽しかった。
「──でもあの人、あんなハイスペックで取り立ててマイナス点ないのに、今年33で未だ独身て……ちょっと疑ってまうよな」
ぼんやりと元上司の仕事ぶりを懐かしんでいた俺に、胸を抉られるような衝撃が走る。
「は? 何が?」
「せやから、そっちの人なんちゃうかって」
そっちの人──。
その言い方に疎外感を抱いた。
ノンケ男の概念からしたら、バイの俺もそっちに含まれることになる。
どっちでもいけるんだから、どっちでもないという考え方もできるが。
いや、今はそんなことどうでもいい。
そもそも性的マイノリティかどうかなんて仕事をする上で関係ない。
尊本人がゲイだとカミングアウトしてない以上、他人にプライバシーを詮索されるなんて不愉快極まりないものだ。
「別に、一緒に仕事しててそんな風に感じたことないけど。普通に女子ウケするし。それにお前だって未だ独身だろ」
「俺は彼女おるもん。せやけど係長は怪しいよな。見た目的にもあれやし」
「あれって何だよ」
「なんてゆうか、中性的っていうか──」
「お前さ、結局係長のこと褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」
いつもの話の展開に、うんざりしながら目を細める。
尊のことを悪く言う奴は同期であろうと許さない。
「そんな怖い顔すんなや。別に貶してへんやろ」
形の良い二重の瞳を丸めながら、意外だとでも言いたげに唇の端を曲げている。
普段、あまり感情を露わにしない俺の態度に違和を感じたようだ。
「俺は湯浅係長のこと尊敬してんだよ。二度と俺の前で係長下げるような発言すんなよ」
「せやから下げてへんて。誤解すんなや」
日向は腕時計を一瞥すると、皿に残されたカレーを一気に頬張った。
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