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「弓弦! 薫の元彼すんごいッ!!」
「返せ」
2人は携帯の画面を壊す勢いで食いついている。
「ちょっ……こ、これ、裸、だよね……?? 鎖骨丸見えじゃん……?? やっば」
「ねえ、目ぇ開けてる写メないの? これだけじゃ美形かどうか……美形だわ。さすがにこのレベルまでいくと紛うことなき美形って分かるわ」
釘付けになるとはまさにこのことで、携帯越しでも隠しきれないその儚げな色気を前に、蕩けそうな表情で吐息を漏らしている。
「なんで別れたのよあんた。もう二度とこんなイケメンとは付き合えないわよ」
「うるさいな」
「そっとしといてあげなよ弓弦。今回かなり引き摺ってるみたいだし……」
「余計なお世話だ」
全て図星だった。
自分がこれほど尽くしたい、大切にしたいと思える相手に、もう二度と会えないような気がする。
本当は、手放したくなんてなかった。
ただ、自分の努力だけではどうしても乗り越えられない壁があった。
それこそ、尊の信念ともいうべき分厚い壁だ。
打ち崩して本心に寄り添いたかったが、到底敵わなかった。
俺の力量不足だった。
リビングから望む中庭のヤマボウシを眺めながら、置きざりにしてきた植物のことを思う。
あの日以来、一度も連絡をとっていない。
向こうからの連絡もなかった。
最初はそれに腹が立ち、もう二度と会うもんかと思っていたが、その怒りも時間の経過と共に薄らいだ。
ずっと意地を張っていても仕方がない。
尊は植物には興味がなかった。
これ以上迷惑はかけられない。
「静流、携帯返して」
妹は名残惜しそうに画面を見つめている。
「なんか、どっかで見たことあるんだよなぁ……」
逡巡する姿を横目にメールを打つ。
返事、返ってくるだろうか──。
『来週の土曜、荷物持って帰りたいんだけどいい?』
「あーーー!! 分かった!! flagileの望だ!!」
「誰それ、芸能人?」
「最近、殺傷事件でニュースになってたの知らない?」
思わず目を見開いた。
殺傷事件?
「なんか、熱狂的なファンに出待ちで刺されたとかでニュースになってた」
静流が自分の携帯でその詳細が書かれた記事を検索し、弓弦に見せている。
背後から回り込んでその画面を確認すると、望が地方のライブ終わりにメンバーと食事をし、店を出たところを、出待ちしていたファンに腹部を刺されたというものだった。
幸いその場にいた関係者が止めに入ったことから、重症に至らずに済んだということだったが、事件に及んだ動機に胸糞悪くなった。
『望の歌声が嫌いになった。裏切られた気分になったから、好きでいた時間を返してほしくて犯行に及んだ』
そのあまりに自分勝手な言い分に、例の女を思い出していた。
名前は伏せられていたが、30歳の会社員と記載されている。
事件が起きたのが2週間前。
もう俺には関係ないことかもしれないが、もしあの女が絡んでるとするなら、尊のことだ。
1人で思い悩んでるかもしれない。
電話をかけようか。
でも、余計なお世話かもしれない。
……冷静になれ。
もう俺はあいつの彼氏でも何でもない。
今送ったメールすら、ろくに相手にされない可能性だってあるんだから。
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