第12話 狂気の刃

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「弓弦! 薫の元彼すんごいッ!!」 「返せ」  2人は携帯の画面を壊す勢いで食いついている。 「ちょっ……こ、これ、裸、だよね……?? 鎖骨丸見えじゃん……?? やっば」 「ねえ、目ぇ開けてる写メないの? これだけじゃ美形かどうか……美形だわ。さすがにこのレベルまでいくと(まご)うことなき美形って分かるわ」  釘付けになるとはまさにこのことで、携帯越しでも隠しきれないその儚げな色気を前に、蕩けそうな表情で吐息を漏らしている。 「なんで別れたのよあんた。もう二度とこんなイケメンとは付き合えないわよ」 「うるさいな」 「そっとしといてあげなよ弓弦。今回かなり引き摺ってるみたいだし……」   「余計なお世話だ」  全て図星だった。  自分がこれほど尽くしたい、大切にしたいと思える相手に、もう二度と会えないような気がする。  本当は、手放したくなんてなかった。  ただ、自分の努力だけではどうしても乗り越えられない壁があった。  それこそ、尊の信念ともいうべき分厚い壁だ。  打ち崩して本心に寄り添いたかったが、到底敵わなかった。  俺の力量不足だった。  リビングから望む中庭のヤマボウシを眺めながら、置きざりにしてきた植物のことを思う。  あの日以来、一度も連絡をとっていない。  向こうからの連絡もなかった。  最初はそれに腹が立ち、もう二度と会うもんかと思っていたが、その怒りも時間の経過と共に薄らいだ。  ずっと意地を張っていても仕方がない。  尊は植物には興味がなかった。  これ以上迷惑はかけられない。   「静流、携帯返して」  妹は名残惜しそうに画面を見つめている。 「なんか、どっかで見たことあるんだよなぁ……」  逡巡する姿を横目にメールを打つ。  返事、返ってくるだろうか──。 『来週の土曜、荷物持って帰りたいんだけどいい?』 「あーーー!! 分かった!! flagileの望だ!!」 「誰それ、芸能人?」 「最近、殺傷事件でニュースになってたの知らない?」  思わず目を見開いた。  殺傷事件? 「なんか、熱狂的なファンに出待ちで刺されたとかでニュースになってた」  静流が自分の携帯でその詳細が書かれた記事を検索し、弓弦に見せている。    背後から回り込んでその画面を確認すると、望が地方のライブ終わりにメンバーと食事をし、店を出たところを、出待ちしていたファンに腹部を刺されたというものだった。  幸いその場にいた関係者が止めに入ったことから、重症に至らずに済んだということだったが、事件に及んだ動機に胸糞悪くなった。 『望の歌声が嫌いになった。裏切られた気分になったから、好きでいた時間を返してほしくて犯行に及んだ』  そのあまりに自分勝手な言い分に、例の女を思い出していた。  名前は伏せられていたが、30歳の会社員と記載されている。  事件が起きたのが2週間前。  もう俺には関係ないことかもしれないが、もしあの女が絡んでるとするなら、尊のことだ。  1人で思い悩んでるかもしれない。  電話をかけようか。  でも、余計なお世話かもしれない。  ……冷静になれ。  もう俺はあいつの彼氏でも何でもない。  今送ったメールすら、ろくに相手にされない可能性だってあるんだから。
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