●1:金で命が買える時代

1/9
59人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ

●1:金で命が買える時代

 例えるなら装甲をつけたライダースーツ。  ……に、短い双角付き鉢金と、鬼が牙を剥いたような面頬を着けた人物がいる。  防具の間隙から覗くのは鋭い眼光。メリケンサックのようにグローブには金属板がはめこまれている。  ロケーションは夜。ネオンの町に囲まれた、廃墟同然のボロ立体駐車場。カラースプレーで落書きされた廃車が並ぶ。  件の人物が相対するのは、まさに『巨漢』という言葉が相応しい大男。隆々とした筋肉を見せつけるように上半身裸、スキンヘッドには鋭い鉄棘をピアスのように植え付けており、その棘は犠牲者のドス赤い血で染まっていた。 「おォああ!」  スキンヘッドの巨漢が唸りながら突撃する。巨大な手で鉢金面頬の人物を捕まえようとする。捕まえたら自分の頭に叩き付けて、その棘で殺すつもりなのだ。それが巨漢の『必勝法』だった。  対する鉢金面頬――巨漢と比べれば随分と小さい、170センチあるかないか――もまた、地を蹴り前に飛び出した。  ぶおん。巨漢の掴みかかる横薙ぎの手。  それは空を掴む。鉢金面頬は跳躍して宙にいる。巨漢の顔面の目の前にいる。拳を、思い切り振り被っている。  巨漢の視点が相手を見た、次の瞬間には、鉄拳が男の顔面に深く深くめりこんでいた――。 『優勝はハイメ選手!』  字幕が踊る。自身の周囲を跳び回るドローンに、鉢金面頬――ハイメは両拳を掲げて「よっしゃあああああああ」と吼えていた。  ドローンに備え付けられていたクラッカーがぱんぱんと鳴る。きらきらと紙吹雪。 『賞金として10回分の"命(ライフ)"が贈られます!』  ――これは『イノチガケ』。  金で命が買える時代、人類が科学によって死という原罪を克服した時代、誰もが3回分の命を『残りライフ』や『残機』のように持ち、更に追加の命を一つ100万円で買える時代。  あらゆる事故、事件、病気、災害で、人間が天寿を全うできない事態なんて昔話。  殺しても追加ライフで生き返るので、殺すことに意味がなくなり、兵器や軍隊が無意味になり、戦争さえも終わって久しい。  それは誰もが等しく大往生できる理想世界――命の価値が軽くなった時代――しかしながら、平和だからこそ人類は血腥さを求めるもので。  かくして人類の渇望を満たす為、自分の『命』を『賭けて』行われる娯楽ゲームが生み出される。  その名はイノチガケ。  自分の持つ命を好きな数だけ賭けて、殺し合いをして、勝ち残った者が勝利の、文字通り・偽りなく・『命を賭けた』『命懸けの』バイオレンスショーであった。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!