初恋泥棒にご注意ください

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初恋泥棒にご注意ください

 あなたの笑顔が非常に素敵でしたので。  そんな言葉とともに、胡散臭い笑顔をした男から曼珠沙華の花束を手渡された。喧嘩売ってんのか?って即座に思ったが、今現在自分が置かれている現場を思い出したので期待通り爽やかな笑顔を浮かべ感謝の言葉とともに受け取った俺は自分をこれでもかと褒め称えていいと思う。  俳優。その言葉だけで言うならば、まあどこにでも居るざっくりとしたそこそこの演技が出来る微妙に有名な俳優が俺である。  大河ドラマや月9で主役が出来るような華のある俳優ではない。噛みしめれば噛みしめるほど味わい深いと古参ファンに絶賛されるモブ役ばかりを引き受けざる得ない俳優である。スルメイカのように妙にクセになる旨味があるらしい。先に言っておくが、主人公たちがそれなりに輝くために、悪役側にはそれ以上の華や技術が必要とされる。もちろん、その他大勢のモブがモブとしてきっちり身の程を知る仕事をこなしてこそ主人公や悪役たちの魅力が際立つのだ。だから別に気にしていない。気にしていない。そうとも、俺は気にしていないのだ。  そんな役者人生殆どをただのモブであった俺に、スポットライトが当たる日が来た。  名指しオファーが来た日には、それこそ上から下までてんやわんやの大騒ぎだった。事務所のマネージャーだけでなく、社長までもが何度も何度も嘘でしたとかでかい事務所から盗んできたんじゃとか仕込みが入っていないかを確認しすぎて危うくオファーを取り消しましょうかとか言われかけてたのを俺は知ってる。  大丈夫だ、事務所の連中の酷さに泣いてない。無事にこうしてちゃんとオファーを受けて仕事もした。だから何も問題ないし、泣いてもいない。  仕事は完遂したからな、クランクアップの花束が目にも鮮やかな紅色曼珠沙華の花束を受け取るくらいには。  そりゃぁもう、我ながらこれでもかと頑張っていい仕事をした。今回は善悪で表すならば悪側のかなり重要な役を貰った。次の仕事は主人公クラスに繋がるかもしれない。期待くらいはしてもバチは当たらないだろうよ。  それにしても、主人公だった男から俺に手渡されたのは艶やかな曼珠沙華の花束だったのに、俺から主人公だった男に手渡す花束が両手で抱えるのも大変だった白薔薇の花束ってのは絵面的に大丈夫なのかこの作品。まあ俺は元々華のないどこにでも居るモブ役俳優なので、多少どころじゃなく毒のある花束を受け取ったところでそれほど攻撃力が上がるわけではない。  視界の暴力は、俺の目の前でさらっとこの花束の重さなんてありませんが?ってしれっとした顔で受け取って、抱きしめながら照れますねこれって俺以上に胡散臭い笑みを浮かべている主人公だった男だろう。  初恋泥棒という二つ名を持つ存在。  こいつは幼児から老人まですべからく魅了させ虜にするような演技をする。完全に正統派の主人公を素で演技する巫山戯た男だった。  だからこそ、全力で俺は認めない。俺の初恋はこいつではない。たとえ演技としての役柄が優秀なこいつの役に一目惚れしてほぼストーカーのようになり恍惚な顔で惨たらしく捨てられる役柄だったとしても、だ。  俺の初恋は、既に別の役者に捧げている。  だから、一週間後、事務所からファンの皆様へというお知らせが通達されたのは別の話である。 終わり
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