私はだれ

2/2
前へ
/13ページ
次へ
 何故、クリニックの前に倒れていたのかさえ思い出せない。 私は観念して白状した。 「私、頭の中が真っ白で、何も思い出せないんです」  医師なら大丈夫だろうと判断したからだ。 「……そう、ですか。他に痛いところや気になるところはないですか?」  医師、森野は聞きながら、私の脇の下に体温計を挟み、反対側の腕で血圧を測っていく。とても慣れた手付きに思えた。 「あ、いえ、大丈夫だと思います。あのでも先生。先生は私のことを知っているのですか?」  血圧を測り終え器具を片付けながら森野は答えた。 「もちろん知っています」 「あの、私は誰なんでしょうか。全然思い出せなくて」  私は何もわからないという事に、気持ちが焦り出していた。  森野は優しげな眼差しで、 「あなたは、アンリという名前の女性です。記憶はいずれ戻るでしょう。焦らなくて大丈夫ですよ」  森野はそう言うと部屋から出て行ってしまった。 「私の名前はアンリ……」  名前をつぶやいてもしっくりくるような、こないような気持ちは落ち着かないままだった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加