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アザリアは人魚になりたい
「おひとり様安心、死後事務委任契約の手続きお願いします」
40そこそこと思われる女が役場の窓口で書類を手にそう言った。
艶めく黒髪のボブカット。
意志の強そうなグリーンの目。
身軽な服装だが首に巻かれたスカーフは上質なシルク。
彼女の名はユウナ・アレクサンドリア。
「はい、書類を確認しますね」
やはり40そこそこと思われる女がこの書類を受け取った。
こちらは軽くウェーブのかかる金髪。
頬がふっくらし小さな唇が印象的だった。
名はアザリア・オルフェイス。
ここアント王国の役場の戸籍課に勤務している。
アザリアは書類の字を丁寧に指でなぞりながら、ある欄で指がピタッと止まった。
「あらっ」
そう言われたユウナは書類に不備があったのかと身を乗り出す。
「不備がありました?」
「いえいえ、ただ私と生年月日が一緒だったのでびっくりしてしまって」
そういってアザリアは軽く頭を下げながら嬉しそうに微笑んだ。
「えー、本当に? じゃあ、あなたもあと1か月で40歳なのね!」
ユウナは目を開きアザリアを見た。
「ええ、そういうことですね」
2人は偶然の一致に微笑み合った。
「書類はすべて整っていますので、受理いたしますわ。委任契約の詳しい内容はこの用紙に書かれていますので大事に取っておいてくださいね」
アザリアは書類に割り印をし、用紙を半分に切りユウナに手渡した。
アント王国は大陸と海に面した大国だ。
豊かな資源と貿易で国は潤っていた。
国民の生活もどの国より豊かであった。
そのせいか近年は結婚しない、離縁して第二の人生を謳歌するシングルが増えてしまった。
そこで老後を心配する一人身のために「おひとり様安心、死後事務委任契約」というサービスが始まったのだ。
端的に説明すると、シングルの死後の面倒を役場が代行するというサービスだ。
ユウナはアザリアから半紙を受け取ると、バックにしまいながら質問する。
「このサービスを利用する人ってどれくらいいるのかしら」
「最近は多いですね。毎日、数人の方が契約していかれますよ」
「そう、この国には同じ仲間がたくさんいるのね。なんか安心したわ。じゃ、よろしくお願いしますねっ!」
そういってユウナは軽く手をあげ帰っていった。
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