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過去とリンクする悪夢
彼の忠告から、私は毎日ニュースをチェックした。
注意を促すためか、どのテレビ局も連日に渡り
台風の様子を随時流していた。
彼は台風に備えた対策会議に追われていたため
会うことは疎か、連絡さえもなかなか取れる状態ではなかった。
そんな中、彼からの電話が鳴った__。
「はい、もしもし…」
「なかなか連絡できなくてすまない」
「うん、大丈夫…」
「話す時間がそんなにないから手短かに言うぞ」
「はい…」
「お前、今怖くて不安だろ…? 笑」
「……はい…
完全にテレビのニュースに洗脳されてます…笑」
「不安だったらオレのマンションに居てもいいぞ」
「市原さんの…?」
「多分お前のとこより建物の作りは安全だし、自家発電設備があるから停電しても生活はできる」
「高くて揺れそう…」
「お前の居場所が確実に分かっている方がオレは安心なんだけどな…」
彼のそんな何気のない心配にさえも
私の顔は緩む。
「じゃあ…市原さんの家で帰りを待ちます…!」
「今はまだ雨風が弱いから、今の内に荷物まとめて寄り道せず行けよ?」
さっきまで台風で怖がっていた自分が、彼とのこんな些細なやり取り一つで、
まるで遠足に心を踊らせる子どものように、胸が弾んだ。
彼の言う通り、私は荷物を手早くまとめ
急いで身支度をし、自分の家を飛び出した。
彼のマンションに到着すると
エントランス前に赤い傘をさす女性らしき姿が
自分の目に入ってきた。
『マンションの住人だろうか…』
大きい傘に、その顔は隠れて見えない。
私はその女性の隣で傘を畳み軽く会釈をした。
そんな私に気づいたその女性が傘を持ち替えた瞬間、顔が見えた。
その女性の顔を見て、私は無意識に力が入る。
なぜならそれは…
間違いなく芹香さんの姿だったからだ。
私は思わず黙ったたま見入ってしまう……。
私があまりにも不自然に見ていたせいか、
芹香さんもこちらに気づき目が合ってしまった。
「あら…?真夏ちゃんじゃない」
その一言で私の鼓動は瞬く間に早くなる。
「こ、こんにちは…」
「なんであなたがここに…?」
芹香さんの声色が、彼女の心情を物語っているかのようだった。
「………」
ここに私がいる理由を聞かれて
なんと答えればよいのかわからなかった。
そんな時、タイミングがよいのか悪いのか、
再び彼から電話がかかってきた。
「着いたか?」
「…はい、着きました、今から入るところです」
「そうか、なら安心だ」
「……」
芹香さんが目の前にいる手前
芹香さんがいることを彼に言えずにいた。
「どうかしたか?」
「…い、いえ……」
「オレは今からしばらくは連絡できない。
お前は絶対に外に出るんじゃないぞ?」
「…はい…わかりました」
「また連絡する」
「あっ、ちょっと待って、」
しばらく連絡が取り合えない、
次いつ彼からの連絡がくるのかもわからない、
そんな状況の中で、今芹香さんに気を使うせいで
彼に言いたい事が言えなくなるのは嫌だった。
「…市原さん、たくさんの命を救ってあげて。
そして必ず無事に帰ってきてくださいね…!」
「おう!やる気出た、ありがとう」
そう言って彼との電話が終わった。
「ふーーん、そういうことなのね」
芹香さんの物々しい雰囲気に圧されそうになる自分。
「…私はこれで…失礼します」
逃げるしかなかった。
だけど、
「ちょっと待って」
案の定、引き止めらる。
「真夏ちゃん、今から少し時間ある?
ちょっと付き合ってもらいたい場所があるの」
芹香さんが私の目線に合わせて顔を近づけそう言った。
「時間はあります…だけど…家に居るように市原さんから強く言われてて…」
「車だから大丈夫、それに冬馬にも関わることだから、断ったらあなたも後悔することになるわよ」
それは正に脅し文句のようだった。
また忠告されたあの時と同じような
嫌な予感がした。
「今は無理です…!市原さんと約束したので…」
「そう…」
芹香さんはさっきまでの物々しい雰囲気はなく
伏し目がちになり落ち込んでいるかのようだった。
「また日を改めてくださったら、その時にでも…」
なぜか、心苦しくなってしまった私は最後にそう一言、芹香さんに言ってしまった。
すると芹香さんは私に聞こえるか聞こえないかの小さな声で
「京香の形見が失くなってしまったらどうしよう」
独り言のようにそう呟いた。
私は『京香さん』という名前を聞いて、咄嗟に反応してしまった。
「あの…京香さんの形見って…」
「京香の唯一の形見を、山の別荘に保管しているんだけど…」
「唯一の形見…」
「この台風で別荘がどうにかなってしまったら
京香の形見も……」
「…それは…気になりますよね……」
「お願い、一人じゃ怖いから別荘まで付き合って欲しいのよ…」
「でも…こんな台風で出たら危ないですよ…!」
「取りに行くだけだから」
「市原さんだったらこんな状況で絶対に行くなって言うと思います」
「だったらもういいわ、私一人で行く。
私に何かあったらあなたのせいだから…!」
芹香さんはそう捨て台詞を吐いて歩き出した。
京香さんを失って更に芹香さんまで失ってしまったら……
せっかく前を向いて、歩み始めた彼が悲しむかもしれない…
そう思うと、
『行ってはダメ』と心ではわかっていても、
私の足は独りでに芹香さんの後を追いかけていた。
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